第二章 直すのは、装備だけじゃない
若い鍛冶屋は、夜明けまで帰らなかった。
作業台の上には、割れた留め具。
その横に、白紙の図面。
リオは、すぐに手を動かさなかった。
代わりに、椅子を引き、向かいに座る。
「……どこで“安心しましたか”」
突然の問いだった。
若い鍛冶屋は、戸惑いながら答える。
「……撤退に入ってからです」
「なぜ?」
「止める装備が、
もう“発動しない”と思ったから」
リオは、静かに頷いた。
「そこです」
ミーネが、炭筆を置く。
「“もう大丈夫”って思った瞬間、
判断は雑になる」
若い鍛冶屋は、唇を噛む。
「……俺は、
撤退時は安全だと……」
「安全ではありません」
リオは、遮らず、否定する。
「撤退は、
判断が一番荒れる時間です」
⸻
リオは、灰流鉄の欠片を取り出した。
「この素材を、
どこに使うと思いますか」
若い鍛冶屋は、しばらく考える。
「……留め具?」
「近いです」
リオは、図面に円を描く。
「境界です」
炭筆が、線を引く。
「前に出る力と、
戻る力の境目」
ミーネが、補足する。
「どっちにも肩入れしない場所」
若い鍛冶屋が、息を呑む。
「……だから、
“答え”を作ると壊れる」
「はい」
リオは、灰流鉄を置く。
「問いを残すためには、
素材も迷わせる必要があります」
⸻
三人は、無言で作業に入った。
割れた留め具を、
そのまま“直さない”。
代わりに、
構造を一段、後ろへ下げる。
力が集まる場所を、
分散する。
灰流鉄は、
主役にならない。
一瞬だけ、介入する。
「……これ」
若い鍛冶屋が、声を落とす。
「正しく使われなかったら?」
「壊れます」
即答だった。
「でも」
リオは、続ける。
「壊れる前に、
必ず違和感が出ます」
ミーネが、うなずく。
「“あれ?”ってやつ」
「……それが、問い」
若い鍛冶屋の声が、少し明るくなる。
⸻
夜が、明けかける。
完成した留め具は、
以前よりも、
頼りなく見えた。
「……弱くなった?」
若い鍛冶屋が、恐る恐る聞く。
「いいえ」
リオは、首を振る。
「判断を任せただけです」
沈黙。
やがて、若い鍛冶屋が、深く息を吐いた。
「……装備を、
信じすぎていました」
「誰でも、そうなります」
「だから……」
顔を上げる。
「次は、
説明の仕方も変えます」
リオは、微かに笑った。
「それが、
直った証拠です」
⸻
そのとき、
工房の外で足音が止まった。
ノック。
今度は、迷いのある音だった。
ミーネが、リオを見る。
「……来たね」
リオは、扉へ向かう。
「はい」
扉の向こうには、
この装備を必要とする人が立っている。
それは、
戦うためではない。
戻ることを、
誰よりも急いでいる人だ。
リオは、静かに言った。
「次は、
現場です」




