第4章:修理と対話
炉の火は、思ったよりも早く安定した。
薪が爆ぜる音が一定になり、炎の芯が白くなる。熱が一箇所に集まり始めると、空気の重さが変わる。リオはそれを肌で感じ取り、風箱の動きを少しだけ緩めた。
急ぎすぎると、金属は拗ねる。
作業台の上には、分解された剣が並べられている。刃、鍔、柄、芯金。一本の剣が、部品の集合体でしかなかったことを、こうして見るたびに思い知らされる。
ガルムは工房の壁際に立ち、腕を組んでその様子を見ていた。距離は保っているが、視線はずっと剣から離れない。
「……よく見るな」
不意に、彼が言った。
「はい?」
「刃の欠けより、先に柄を見た」
リオは手を止めずに答える。
「刃は結果です。原因は、だいたい別のところにあります」
「なるほど」
ガルムは納得したように頷いた。
「前に組んでいた職人は、刃ばかり見ていた」
その言葉に、リオの指が一瞬だけ止まった。
「……今は?」
「もう、いない」
短い答えだった。それ以上を語るつもりはないらしい。リオも、それ以上は聞かなかった。
炉で熱した刃を、金床の上に置く。金属が赤みを帯び、光を放つ。ハンマーを振るうたびに、澄んだ音が工房に響く。
コン、コン、という一定のリズム。
力任せに叩く必要はない。必要なのは、癖を矯正する程度の圧だ。
「……振れなくなる、と言ったな」
ガルムが、ぽつりと口にした。
「はい」
「それでも、迷いはないか」
リオは答える前に、一度ハンマーを置いた。
「あります」
正直に言った。
「剣としての役目を終わらせる判断は、簡単ではありません」
「だが、選んだ」
「はい」
リオは刃を見つめた。
「この剣は、もう十分に戦いました。これ以上、前に立たせるのは……酷です」
ガルムは黙ったまま、剣を見ていた。
「代わりに」
リオは続ける。
「この刃は、あなたの背中を守ります」
しばらくして、ガルムが小さく笑った。
「面白いことを言う」
その声には、わずかな安堵が混じっていた。
昼を過ぎたころ、工房の扉が静かに開いた。
風が一瞬、火の向きを揺らす。
「……失礼します」
柔らかく、間を置く話し方。
振り返ると、淡い色の外套をまとったエルフの女性が立っていた。長い耳、澄んだ目。工房の喧騒から切り離されたような佇まいだ。
「セレス・リーファルです」
彼女は名乗り、手にしていた細長い包みを差し出した。
「素材の相談を……と思ったのですが、作業中でしたか」
オルドが、椅子に座ったまま顎を上げる。
「置いていけ」
それだけだった。
セレスは一瞬だけ目を瞬かせ、それから静かに頷いた。
「では、後ほど」
包みを作業台の端に置き、リオの作業をちらりと見る。
「……難しい判断ですね」
「見て、分かるんですか」
「はい」
セレスは穏やかに微笑んだ。
「時間の限界に来ている金属です。延ばせば、次は取り返しがつかない」
ガルムが、少しだけ眉を動かした。
「エルフは、そういうのが分かるのか」
「経験が長いだけです」
セレスはそう答え、リオを見る。
「あなたの判断は、合理的です」
「……ありがとうございます」
言葉にすると、少し肩の力が抜けた。
作業は、夜まで続いた。
火を落とし、冷まし、削り、刻む。失敗しかけた刃片を、別の形へと整えていく。剣だったものが、防具の補強具へと姿を変えていく。
夜更け、ミーネが差し入れを持って顔を出した。
「まだやってると思った」
そう言いながら、温かいスープを置いていく。
「無理しすぎないでね、リオ」
「ありがとうございます」
「……生きて帰ってきてほしい人、いるでしょ」
ミーネはそれだけ言って、尻尾を揺らしながら帰っていった。
最後の仕上げが終わったのは、夜が一番深い時間だった。
作業台の上に置かれたそれは、もう剣ではない。だが、確かに“役目”を持った道具だった。
オルドが立ち上がり、しばらく眺めてから言った。
「それでいい」
それ以上の言葉はなかった。
ガルムは、出来上がった補強具を手に取り、確かめるように撫でた。
「……次も頼む」
そう言ってから、一拍置いて続ける。
「リオ」
名前を呼ばれた。
それだけで、今夜の疲れが報われた気がした。
炉の火は、まだ消えていなかった。




