第十二話 歩幅の外側 第一章 届かなかった問い
雨は、静かに降っていた。
強くもなく、
弱くもなく、
ただ――長く続く雨だ。
《灰炉の工房》の扉が叩かれたのは、
火を落としたあとのことだった。
控えめではない。
だが、乱暴でもない。
迷っていない音。
リオが扉を開けると、
そこに立っていたのは――
見覚えのある若い鍛冶屋だった。
「……失礼します」
声が、少しだけ震えている。
以前、
灰炉式を「守りたい」と言って来た青年。
名を名乗ったはずだが、
今は思い出すより先に、
異変が目に入った。
腕に抱えた布包み。
そこから、
金属の欠片が覗いている。
「……中へ」
リオは、それだけ言った。
⸻
作業台の上に置かれたのは、
胸当てだった。
形は、正しい。
構造も、間違っていない。
だが――
中央の留め具が、割れている。
「……誰が使いましたか」
リオは、すぐに聞いた。
「冒険者です。
……生きています」
その言葉に、
ミーネが、わずかに息を吐いた。
「どんな状況で?」
若い鍛冶屋は、唇を噛みしめる。
「撤退中です」
沈黙。
「前に出たわけじゃない?」
「……はい」
リオの指が、留め具に触れる。
割れ方が、
嫌な割れ方だった。
「……これは」
言葉を選ぶ。
「問いが、途中で消えています」
若い鍛冶屋が、顔を上げる。
「……そんな」
「聞きます」
リオは、まっすぐに見た。
「あなたは、
“どこで引くか”を
説明しましたか」
若い鍛冶屋は、
すぐに答えられなかった。
「……戻る前提だと」
「はい」
「前に出たら止まる、と」
「はい」
「……でも」
声が、掠れる。
「戻る途中で、
“急がなければ”って」
リオは、静かに頷いた。
⸻
「灰炉式は、
止める装備ではありません」
低い声。
「“問い返す装備”です」
留め具を、そっと外す。
「でも、
これは」
割れた断面を示す。
「答えを先に与えています」
若い鍛冶屋は、
崩れるように椅子に座った。
「……正解を、
作ってしまった」
「はい」
リオは、否定しない。
「あなたは、
親切すぎました」
沈黙。
雨音だけが、
工房に残る。
「……俺は」
若い鍛冶屋は、
震える声で言った。
「事故を、
起こしましたか」
リオは、首を振った。
「いいえ」
若い鍛冶屋が、顔を上げる。
「途中で止まりました」
「……え?」
「問いが消えた時点で、
装備が壊れた」
リオは、留め具を布に包む。
「だから、
使い切られなかった」
ミーネが、静かに言う。
「……失敗の手前」
「はい」
リオは、若い鍛冶屋を見る。
「あなたは、
歩幅を越えかけて、
戻ってきました」
⸻
長い沈黙のあと、
若い鍛冶屋が、深く頭を下げた。
「……教えてください」
声は、はっきりしていた。
「次は、
どこを間違えないか」
リオは、少しだけ考えた。
そして、言った。
「……一緒に、
直しましょう」
若い鍛冶屋が、息を呑む。
「一人で抱えないでください」
「……はい」
「灰炉式は、
独りで背負う思想ではありません」
雨は、まだ降っている。
だが、
外に出る理由は、
また一つ、増えた。
リオは、炉の前に立つ。
今日の火は、
“教えるための火”ではない。
**“問いを取り戻すための火”**だ。




