第二章 声をかける理由
《灰炉の工房》が閉まっているあいだも、
王都の時間は変わらず流れていた。
リオが立っていたのは、
久しぶりに見る 冒険者ギルドの掲示板の前だ。
依頼を受けるためではない。
依頼を出すためでもない。
――人を探すため。
紙に書いた文は、短かった。
灰還の谷・素材採集
目的:灰流鉄
条件:撤退判断を尊重できる者
※戦闘目的ではありません
報酬は最低限。
危険度も、強調しない。
それを見た冒険者たちは、
だいたい同じ反応をする。
「戦わない採集?」
「谷を甘く見てるな」
「割に合わねぇ」
リオは、何も言わなかった。
必要なのは、目立つことではない。
“引っかかる人”だけでいい。
⸻
最初に足を止めたのは、
フードを深く被ったエルフだった。
「……灰還の谷」
低く、乾いた声。
「嫌いな場所だ」
「それでも?」
リオがそう返すと、
エルフは肩をすくめた。
「だからこそ、
行く理由がある」
名を尋ねると、短く答える。
「セイル」
索敵役。
霧の中で距離を測れる目を持つ。
魔力が乱れる場所を、直感的に嫌うタイプだ。
「条件がある」
セイルは淡々と言う。
「判断を誤ったら、即引く」
「はい」
「議論は、そのあとだ」
「同意します」
エルフは一瞬だけ、目を細めた。
「……噂どおりだな」
⸻
次に来た声は、少し荒かった。
「おい」
聞き覚えがある。
振り向いた瞬間、
リオはその正体を悟った。
狼の耳。
鋭い目。
以前、灰炉式を巡って
真正面から反発してきた獣人族――。
「……ガルム」
「覚えてたか」
ガルムは、歯を見せて笑う。
「忘れられてたら、
さすがに傷つくぞ」
「忘れません」
「そりゃどうも」
ガルムは掲示板の紙を指で叩いた。
「灰還の谷か。
相変わらず、嫌なとこ選ぶな」
「強化が効かない場所です」
「だから嫌いなんだぞ」
そう言いながら、
視線は紙から離さない。
「でもよ」
ガルムは、少しだけ声を落とす。
「戻れる判断をする奴がいるなら、
一回くらい付き合ってやる」
条件は、明確だった。
「前に出すな。
だが、逃げるときは背中を預けろ」
「はい」
「語尾が荒いのは、
前からだぞ」
「承知しています」
ガルムは鼻を鳴らした。
「……変な女だ」
⸻
最後に現れたのは、
地図を抱えた中年の人族だった。
鎧は古く、
武器も実用一点張り。
彼は紙を見るなり、
静かに息を吐いた。
「……灰還の谷か」
地図を広げ、
谷の周囲を指でなぞる。
「三回、引き返した」
「入ったことが?」
「いや」
男は即答する。
「入らなかった」
その一言で、十分だった。
名は、
ロウエン。
役割は、
戦わない撤退判断役。
「条件は一つ」
ロウエンは、リオを見る。
「引くと決めたら、
理由を聞くな」
「はい」
「聞いていいのは、
帰ってからだ」
「それで構いません」
ロウエンは、わずかに笑った。
「……珍しいな」
⸻
四人は、同じテーブルについた。
短い沈黙。
最初に口を開いたのは、ガルムだった。
「で?」
腕を組み、リオを見る。
「お前は、何だ」
「採集役です」
「……戦わねぇのか」
「振りません」
リオは、自分の短刃を机に置く。
「切れすぎません」
セイルが、静かに言う。
「武器が主役じゃない」
「はい」
ロウエンが、頷いた。
「いい判断だ」
リオは、全員を見る。
「これは、
一時的なパーティです」
「谷を越えたら解散」
「命令は出しません」
「判断は共有します」
一拍、置いて。
「戻る判断を、最優先します」
沈黙のあと、
ガルムが笑った。
「最悪だな」
セイルは肩をすくめる。
「嫌いじゃない」
ロウエンは、地図を畳む。
「……成立だ」
こうして、
目的限定・期間限定のパーティが組まれた。
灰還の谷へ向かう理由は、
全員違う。
だが――
戻る、という一点だけが一致していた。
リオは、静かに言った。
「行きましょう」
「前に出るためじゃありません」
「帰るために」




