第三章 真似る者、守る者
公会堂での声明から、三日が経った。
王都は、静かだった。
だがそれは、落ち着いたのではなく――
溜め込んでいる静けさだった。
市場の鍛冶屋たちは、露骨に二つに分かれた。
「条件が厳しすぎる」
「商売にならない」
「責任を押しつけているだけだ」
そんな声が、表に出ない場所で増えていく。
一方で――
《灰炉の工房》の扉を叩く音も、増えていた。
その日の昼。
控えめなノックがあった。
「……失礼します」
入ってきたのは、若い鍛冶屋だった。
年は二十代前半だろう。
煤のついた手。
視線は真っ直ぐだが、どこか緊張している。
「……話を、聞きに来ました」
「どの話ですか」
リオは、いつも通り尋ねる。
「……灰炉式です」
ミーネが、少しだけ姿勢を正す。
若い鍛冶屋は、深く頭を下げた。
「真似をしたくて来たわけじゃありません」
「……はい」
「守りたくて来ました」
その言葉は、はっきりしていた。
⸻
作業台を挟んで、三人が座る。
若い鍛冶屋は、持参した胸当てを差し出した。
「……これを見てください」
リオが手に取る。
刻印は、浅い。
構造は、よく考えられている。
だが――決定的に違う。
「……止めていますね」
「はい」
若い鍛冶屋は、唇を噛む。
「でも……
戻るときも、重い」
リオは、頷いた。
「“問い”が、ありません」
若い鍛冶屋の肩が、落ちる。
「……やっぱり」
「でも」
リオは、胸当てを机に置いた。
「学ぼうとしています」
その言葉に、若い鍛冶屋が顔を上げる。
「灰炉式は、
形ではありません」
リオは、ゆっくり話す。
「考え方です」
「……分かります」
「本当ですか」
若い鍛冶屋は、少し考えてから答えた。
「前に出る人を、
止めるためじゃない」
「……はい」
「戻る選択肢を、
残すため」
リオは、静かに頷いた。
「……教えます」
ミーネが、目を見開く。
「え」
若い鍛冶屋も、息を呑む。
「でも」
リオは、続ける。
「条件があります」
⸻
「あなたが作る灰炉式は、
あなたの名前で出してください」
若い鍛冶屋が、戸惑う。
「……私の?」
「はい」
「灰炉式という名前は、
思想の総称です」
リオは、はっきり言った。
「実装は、
それぞれの責任です」
ミーネが、小さく笑う。
「……賢い線引き」
「そして」
リオは、若い鍛冶屋を見る。
「事故が起きたら、
隠さずに、来てください」
若い鍛冶屋は、深く頷いた。
「必ず」
「教えるのは、
設計の“答え”ではありません」
リオは、炉を指す。
「問いの作り方です」
沈黙。
やがて、若い鍛冶屋が言った。
「……市場の人たちは、
反発すると思います」
「はい」
「それでも、
教えるんですか」
リオは、迷わなかった。
「守る人が、
一人でも増えるなら」
若い鍛冶屋は、
深く頭を下げた。
⸻
その日の夕方。
市場の裏で、怒鳴り声が上がった。
「ふざけるな!」
「勝手に定義を決めやがって!」
「誰の技術だと思ってる!」
リオは、遠くからその声を聞いていた。
ミーネが、肩をすくめる。
「……敵、増殖中」
「はい」
「怖くない?」
リオは、少し考える。
「……怖いです」
「でも?」
「教えなければ、
真似は止まりません」
炉の前に立つ。
「だったら、
守り方を広げます」
灰炉の温度は、
一人のものではなくなり始めていた。
真似る者。
守る者。
世界は、選び始めている。
そしてリオは、
その分岐点に――
静かに立っていた。




