第十話 歩幅を知らない世界 第一章 似ているだけの火
王都の市場は、朝から騒がしかった。
鉄の匂い。
炭の煙。
呼び込みの声。
「見ろよ!
“止める装備”だ!」
露店の一つで、
簡素な胸当てが掲げられている。
「踏み込みを抑える!
灰炉式“風”!」
その言葉に、
人だかりができていた。
装備は、軽い。
刻印もある。
だが――どこか、雑だった。
「……安いな」
「王都公認じゃないけど、
同じ効果だってさ」
「本家は高いし、
条件もうるさい」
人々は、納得したように頷く。
“似ていれば、同じ”
そう思いたくなる気持ちは、
誰にでもある。
⸻
その日の夕方。
《灰炉の工房》の扉が、
激しく叩かれた。
「――開けてくれ!」
切迫した声。
リオが扉を開けると、
そこには、担架があった。
乗せられているのは、
若い冒険者。
胸当ては、割れている。
「……止める装備、だって」
同行者が、歯を噛みしめる。
「前に出ようとした瞬間、
一気に固まった」
リオの指が、止まる。
胸当てを外し、
内側を見る。
刻印はある。
だが――逃げ道がない。
「……止めただけ、ですね」
「止めただけ?」
「はい」
リオは、静かに言った。
「これは、
問い返しません」
同行者が、息を呑む。
「どういう……」
「灰炉式は、
“戻る前提”で抵抗を返します」
胸当てを置き、続ける。
「でも、これは――
止まるだけ」
沈黙。
「だから、
前に出た力が行き場を失い、
身体に返った」
同行者は、顔を覆う。
「……そんな」
リオは、ゆっくりと息を吐いた。
「……誰が作りましたか」
「市場の……鍛冶屋だ」
「名は」
「……覚えてない」
それが、答えだった。
⸻
夜。
工房は、雨音に包まれていた。
ミーネが、苛立ちを隠さず言う。
「……これ、
完全に“真似”だよ」
「はい」
「でもさ、
責任、リオに来る」
「分かっています」
リオは、炉の前に立つ。
火は、入れない。
「……名前を、
使われています」
ミーネは、歯を噛みしめる。
「止めないの?」
リオは、静かに答えた。
「止めます」
ミーネが、顔を上げる。
「どうやって?」
リオは、棚の奥から、
契約書の写しを取り出す。
王都の印。
「名を守る」
ミーネは、目を見開く。
「……喧嘩売る?」
「はい」
即答だった。
「でも」
リオは、続ける。
「装備を取り上げるだけでは、
同じことが起きます」
ミーネが、息を呑む。
「じゃあ……」
「教えます」
静かな声。
「“歩幅”を」
ミーネは、しばらく黙ってから、
小さく笑った。
「……ほんと、
面倒くさい職人だね」
「光栄です」
リオは、炉を見る。
「真似されるなら、
間違えられない形にします」
雨が、少し強くなる。
世界は、速い。
歩幅を知らない。
だからこそ――
歩幅を教える必要がある。
灰炉の温度は、
今夜も静かに、
“正しさの形”を保っていた。




