第二章 歩幅を削る設計
炉の火は、弱いままだった。
赤くも白くもならない。
金属を溶かすほどではない温度。
それでも、触れれば確かに“変わる”火。
リオは、脚当てを分解していた。
留め具。
関節部。
補助板。
どれも壊れてはいない。
ただ――踏み込みに最適化されすぎている。
「……行くための脚、ですね」
独り言のように呟き、
関節の角度を紙に書き出す。
前に出る角度。
地面を蹴る角度。
重心が、自然と前に流れる設計。
「これを……」
炭筆で、線を引き直す。
⸻
「“壊れない”じゃ足りない。
“進めない”でも駄目」
リオは、紙に向かって話す。
「戻れる必要がある」
脚は、移動のための道具だ。
止めるためだけなら、固定すればいい。
だが、それでは――生きられない。
「……歩ける。
でも、走れない」
リオは、設計図に小さく書き足す。
・初動の反発
・加速時の遅延
・踏み込み角での抵抗
関節部に、薄い補助板を追加。
可動域は残す。
だが、一定以上の速度で動こうとすると、
自分の力が返ってくる。
「前に出るほど、重くなる」
それは呪いでも制限でもない。
**身体に返ってくる“問い”**だ。
――それでも、行くか。
リオは、部品を一つずつ組み直す。
叩かない。
削らない。
通り道を、少しずつ変える。
灰炉式の基本。
足すのではなく、流れを曲げる。
⸻
扉の向こうで、足音が止まる。
「……今、いい?」
小さな声。
妹だった。
「どうぞ」
工房に入ってきた彼女は、
脚当てを見て、言葉を失った。
「……それ、兄の?」
「はい」
「……また、壊すんですか」
リオは、首を振る。
「壊しません」
「……じゃあ」
「変えます」
妹は、不安そうに言う。
「兄は……
戦えなくなるって」
「はい」
「……怒ると思います」
「分かっています」
リオは、作業を止めずに答える。
「それでも、
帰れるようにします」
妹は、しばらく黙っていた。
やがて、ぽつりと言う。
「……兄はね」
リオは、手を止める。
「帰ってきたとき、
嬉しそうでした」
声が、少し震える。
「でも、
“次はもっと上手くやる”って」
リオは、静かに頷いた。
「それが、
“前に出続ける人”の言葉です」
妹は、唇を噛む。
「止めて……もらえますか」
リオは、はっきり答えた。
「はい」
⸻
組み上がった脚当ては、
見た目ではほとんど変わらない。
軽さも、ほぼ同じ。
装着しても、違和感は少ない。
だが――
リオは、自分で脚を通し、立つ。
一歩。
二歩。
普通に、歩ける。
少し、速く。
……重い。
さらに、踏み込む。
「……ここですね」
前に出ようとした瞬間、
脚が“問い返す”。
――本当に、行くのか。
リオは、そこで止まった。
「……よし」
これなら。
⸻
男が呼ばれ、工房に入ってくる。
脚当てを見て、
眉をひそめる。
「……変わらないな」
「はい」
リオは答える。
「見た目は」
「……履いていいか」
「どうぞ」
男は、装着し、立ち上がる。
一歩。
二歩。
「……問題ない」
「少し、速く」
男は、言われた通りに動く。
三歩目で、眉が寄る。
「……重い」
「さらに」
男は、歯を食いしばり、踏み込もうとする。
次の瞬間、
身体が自然と“戻る”方向へ力を逃がす。
「……っ」
男は、立ち止まった。
「……前に、出られない」
リオは、静かに言った。
「出られます」
「嘘をつくな」
「戻る前提なら」
男は、息を整え、
一歩下がるように動く。
……軽い。
「……あ」
その声は、小さかった。
「……帰れる」
男は、ゆっくりと座り込む。
「……最悪だ」
「はい」
リオは、いつものように答える。
「……でも」
男は、顔を覆い、
低く笑った。
「……助かる」
妹が、そっと息を吐く。
工房に、静かな時間が流れる。
リオは、炉の火を落とす。
今日の設計は、
“強さ”を削った。
だが――
帰るための道を、確かに残した。
灰炉式は、
また一つ、形を変えた。




