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「灰炉に残る温度」  作者: ぷにゅん


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第九話 帰るための脚 第一章 立っている理由

朝の光は、思ったよりも柔らかかった。


《灰炉の工房》の扉が開く音は、昨日より重い。

一歩、遅れて――

脚を引きずる音が続いた。


「……失礼します」


低い声だった。

疲れているが、折れてはいない声。


リオは、男の脚を見た。

左脚。

装具で無理に支えている。


「こちらへ」


作業台の前に、椅子を出す。


男は腰を下ろし、短く息を吐いた。


「妹が……世話になったらしい」


「話は、少しだけ」


リオは、正直に言った。


「今日は、直しません」


男は、一瞬だけ眉を動かす。


「……そうか」


それだけだった。


「理由を、聞いてもいいですか」


「はい」


リオは、向かいに座る。


「あなたは、

 なぜ――また行こうとしていますか」


男は、すぐには答えなかった。


しばらく、床を見つめてから言う。


「……立てるからだ」


「……それだけ?」


男は、少しだけ笑った。


「立てない奴は、

 前に行けない」


「……はい」


「立てるなら、

 行ける」


沈黙。


リオは、ゆっくりと続けた。


「……帰りたい、とは」


男の指が、僅かに強く握られる。


「……帰っている」


短く、切るように言う。


「こうしてな」


リオは、否定しなかった。


「では」


言葉を選ぶ。


「戻る場所は、ありますか」


男は、顔を上げた。


「……ある」


「そこへ、

 また戻りたいですか」


沈黙。


長い沈黙。


やがて、男は低く言った。


「……妹が、いる」


それだけで、十分だった。



「……戦う理由は?」


リオは、続ける。


男は、ゆっくりと答えた。


「代わりが、いない」


「……はい」


「俺が行かなきゃ、

 誰かが行く」


「その“誰か”は」


「……弱いかもしれない」


「……はい」


「だったら」


男は、リオを見る。


「俺が行く」


声は、揺れていない。


それは、覚悟だった。


リオは、深く息を吸った。


そして、はっきりと言った。


「……では」


一拍。


「戦えなくします」


男の目が、見開かれる。


「……何だと」


「あなたが、

 前に出られない脚にします」


ミーネが、奥で息を呑む。


男は、立ち上がろうとして、

脚に力を入れ――止まる。


「……それが、依頼か」


「いいえ」


リオは、首を振った。


「提案です」


男は、歯を噛みしめる。


「……ふざけるな」


「本気です」


リオは、声を落とさなかった。



「あなたは、

 “立てるから行く”と言いました」


「……ああ」


「なら、

 “立てないなら行かない”」


男は、言葉を失う。


「逃げ道を、

 装備で作るのではありません」


リオは、ゆっくり話す。


「選択肢そのものを、減らします」


男の声が、低くなる。


「それは……

 俺から、

 戦う理由を奪うってことか」


「いいえ」


リオは、はっきり言った。


「あなたから、

 “死にに行く理由”を奪います」


沈黙。


男は、深く息を吐く。


「……俺は」


声が、少しだけ掠れる。


「臆病になりたいわけじゃない」


「知っています」


「強くもなりたい」


「それも」


リオは、頷く。


「だからこそ、

 強くなれない脚を作ります」


男は、笑った。


乾いた笑い。


「……最悪だな」


「はい」


リオも、微かに笑う。


「でも」


男は、ゆっくりと椅子に座り直す。


「……帰れるか」


「帰れます」


即答だった。


「……妹のところに?」


「はい」


「……また、立てるか」


リオは、少しだけ考えてから答えた。


「立てます」


男が、顔を上げる。


「ただし」


「……ただし?」


「前に出るためではありません」


長い沈黙。


やがて、男は目を閉じた。


「……分かった」


目を開け、言う。


「それで、頼む」


ミーネが、そっと息を吐く。


「……受けたね」


「はい」


リオは、脚当てを手に取る。


炉に、弱い火を入れる。


今日の火は、

何かを強くするためじゃない。


誰かを、帰らせるための火だ。


リオは、静かに呟いた。


「これは、

 “帰るための脚”です」


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