第八話 嫌われた職人 第一章 割れる声
噂は、いつも人の手を離れてから育つ。
《灰炉式》という言葉は、
最初は小さく、
それから妙に歪んだ形で、王都に届いた。
「前に出られなくなる装備があるらしい」
「臆病者用だってさ」
「いや、生き残ったって話も聞いた」
冒険者ギルドの昼は、珍しくざわついていた。
酒の時間でもないのに、声が荒い。
「止められたって?
ふざけるなよ」
「戦場で止まったら、終わりだろ」
「でもな……
止まったから助かった奴もいる」
言葉は交わされる。
だが、結論は出ない。
それぞれが、
自分の戦い方で判断しているからだ。
⸻
《灰炉の工房》の扉は、閉じられていた。
リオは、あえて札を出している。
本日、依頼受付なし
それでも、外には人が集まった。
「話を聞かせてくれ」
「装備を見せろ」
「本当に止まるのか」
ノックの音が、何度も響く。
だが、扉は開かない。
中で、リオは作業台の前に座っていた。
炉に火は入れていない。
ミーネが、少し苛立った声で言う。
「……閉じこもりすぎじゃない?」
「今は、必要です」
「逃げてるって言われるよ」
リオは、ゆっくり首を振った。
「違います」
顔を上げ、静かに言う。
「選んでいます」
ミーネは、言葉を失った。
「灰炉式は、
誰にでも渡すものじゃありません」
「……嫌われるよ?」
「はい」
即答だった。
「でも、
好かれるために作った技術ではありません」
外で、怒鳴り声が上がる。
「説明もしないで、
止めるとか何様だ!」
「命を預かるくせに!」
ミーネが、扉のほうを見る。
「……行かなくていいの?」
「いいえ」
リオは、立ち上がった。
「今は、行かないといけません」
扉を開ける。
外の空気が、一気に流れ込む。
集まった視線が、リオに刺さる。
「――あなたが、灰炉の職人か!」
怒りを含んだ声。
リオは、一歩前に出て、言った。
⸻
「はい。
灰炉式を作った者です」
ざわめき。
「だったら答えろ!
なぜ止めた!」
「なぜ前に出さなかった!」
リオは、声を張らなかった。
だが、はっきりと届く声で言う。
「帰れなくなる可能性が高かったからです」
「それでも行くべきだった!」
「英雄ならな!」
その言葉に、
リオは少しだけ目を伏せ、
そして顔を上げた。
「英雄の話は、
ここではしていません」
空気が、張りつめる。
「私は、
帰る人の話をしています」
誰かが、笑う。
「臆病者の理屈だ」
リオは、否定しなかった。
「はい」
ざわり、と声が揺れる。
「臆病で、
生きて帰った人の理屈です」
沈黙。
一人の冒険者が、ぽつりと言った。
「……止められた」
皆が、そちらを見る。
「正直、腹は立った。
でも……」
その男は、拳を握る。
「仲間は、全員戻った」
声が、少し震える。
「それで、
何が悪い」
完全な静寂が落ちた。
リオは、深く頭を下げた。
「嫌われる覚悟は、しています」
顔を上げる。
「でも、
命を消費する選択肢は、渡しません」
しばらくして、
誰かが背を向けた。
「……使わない」
「俺もだ」
人は、散っていく。
だが、数人は残った。
「……話を聞かせてくれ」
「条件を、教えてくれ」
リオは、ゆっくりと息を吐いた。
ミーネが、隣で小さく笑う。
「……割れたね」
「はい」
「でも」
ミーネは言う。
「残った人たち、
“帰りたい人”だ」
リオは、頷いた。
「それで、十分です」
工房の扉を閉める。
外は、まだ騒がしい。
けれど――
灰炉の中の温度は、
今日も、守られていた。




