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「灰炉に残る温度」  作者: ぷにゅん


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第三章 使われなかった勇気

夜明け前の街道は、霧が低く垂れていた。


戦いは、もう終わっている。

血の匂いも、金属の軋みも、ここにはない。

残っているのは――膝をつく一人の男だけだった。


胸当てに手を当て、荒い呼吸を繰り返す。


「……くそ」


男は、吐き捨てるように言った。


「……動け」


命令するように呟く。

だが、胸当ては応えない。


力は残っている。

足も、腕も、まだ動く。

それなのに――前に出ようとした瞬間、身体が拒む。


踏み込めない。


「……ふざけるな」


拳を握り、歯を食いしばる。


「ここで……行かなきゃ……」


目の前には、倒れた仲間がいる。

意識はある。

だが、立ち上がれない。


男は、何度も前に出ようとした。

そのたびに、胸当てが“押し返す”。


痛みではない。

恐怖でもない。


抵抗感。


まるで、

「それ以上は、違う」と

身体の奥から言われているようだった。


「……なんだよ、これ」


声が震える。


「俺は……臆病者じゃない……」


霧の向こうで、足音がした。


別の冒険者たちが駆け寄ってくる。


「生きてるか!」


「大丈夫だ、今――」


男は、仲間に肩を借りながら、力なく笑った。


「……行けなかった」


「は?」


「前に……出られなかった」


仲間の一人が、胸当てを見る。


「……灰炉式か」


その言葉に、男の顔が歪んだ。


「止められたんだよ……

 ここで突っ込むなって」


沈黙。


やがて、仲間が低く言った。


「……それで、

 あの突進、どうなった」


男は、視線を落とす。


「……別働隊が、

 横から処理した」


霧の向こうで、魔物の影が崩れていくのが見える。


「……俺が行ってたら」


男は、ゆっくり首を振った。


「たぶん、

 仲間ごと巻き込んでた」


その瞬間、

怒りが――静かに、形を変えた。



《灰炉の工房》に、その男が来たのは昼前だった。


扉を開けるなり、

リオを見て、言葉を投げる。


「……止められた」


「はい」


リオは、逃げなかった。


「発動しませんでした」


「違う!」


男の声が荒くなる。


「止められたんだ!

 俺は、行けなかった!」


リオは、静かに答える。


「行かせなかった」


男は、一歩踏み出す。


「俺は……

 俺は、勇気が足りなかったんじゃない!」


リオは、真っ直ぐに見返した。


「分かっています」


そして、ゆっくりと話し始める。



「あなたは、

 行ける状態でした」


男が、息を呑む。


「力も、判断も、

 欠けていなかった」


「……だったら」


「だからこそ、

 止めました」


リオは、言葉を区切る。


「あなたが行けば、

 “助けられたかもしれない”

 でも――」


一歩、近づく。


「生き残る確率は、下がっていました」


男の拳が、震える。


「……それでも、

 俺は――」


「勇気が、ありました」


リオは、はっきり言った。


「だから、

 “使われなかった”」


沈黙。


男は、唇を噛みしめる。


「……勇気が、

 無駄だったみたいじゃないか」


リオは、首を横に振った。


「違います」


声は、穏やかだった。


「持ち帰れた勇気です」


男は、ゆっくりと顔を上げる。


「持ち帰る……?」


「はい」


リオは続ける。


「使っていたら、

 そこに残してきたかもしれない」


工房の空気が、静まる。


やがて、男が小さく笑った。


「……最悪だな」


「はい」


「でも……」


男は、胸当てを見る。


「生きてる」


「はい」


「仲間も、生きてる」


「はい」


長い沈黙のあと、男は深く息を吐いた。


「……次も、

 止められるか」


リオは、迷わず答えた。


「止めます」


「……それでも、使う」


男は、そう言って頭を下げた。


「帰るために」


リオは、胸当てを受け取り、

静かに言った。


「それが、

 この装備の使い方です」


男が去ったあと、

ミーネが、ぽつりと言う。


「……怒られると思ってた」


「はい」


「でも、救われた顔してた」


リオは、炉の前に立つ。


「使われなかった勇気は、

 無駄じゃありません」


火は、弱いまま。


だがその温度は、

誰かを前に出さず、

帰る道を照らしていた。

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