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「灰炉に残る温度」  作者: ぷにゅん


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第二章 壊れたあとの選択

工房の中央に置かれた盾は、静かだった。


戦場の匂いはもう薄れている。

血も、土も、洗い落とされている。

残っているのは――役目を終えた痕跡だけだ。


リオは盾の縁を、ゆっくりとなぞった。


「……ここですね」


歪みは一点ではない。

衝撃を受け流した結果、全体に疲労が回っている。


「直せますか」


背後から、女性冒険者が静かに尋ねた。


リオは、すぐには答えなかった。


「“元に戻す”ことは、できません」


二人は黙って聞いている。


「この盾は、

 壊れることで、あなたを守りました」


男性が、低く言う。


「……それは、分かってる」


リオは続けた。


「だから同じ形に戻すと、

 次は、同じようには壊れてくれません」


女性が、拳を握る。


「じゃあ……もう、使えない?」


その問いは、装備に向けられているようで、

実は――自分自身に向いている。


リオは、深く息を吸った。


「使えます」


二人が、顔を上げる。


「ただし」


リオは、はっきりと言った。


「別の役目としてです」


男性が、思わず身を乗り出す。


「役目?」


「はい」


リオは盾を立て、内側を見せた。


「この盾は、

 “守るために壊れる”ことを選びました」


少し、言葉を選んでから続ける。


「だから次は、

 “壊れたあとに、道を繋ぐ”役目を与えたい」


女性が、戸惑いながら言う。


「……正直、よく分からない」


「当然です」


リオは微かに笑った。


「分からないまま、使ってほしくはありません」


そして、長く、ゆっくりと話し始めた。



「あなたたちは、

 盾が壊れた瞬間、どうしましたか」


女性が答える。


「……前に出ました。

 盾がなくなるって、分かってたから」


「はい」


「逃げる選択も、あったはずです」


男性が、首を振る。


「後ろに、人がいた」


リオは、その言葉を受け止める。


「灰炉式は、

 判断を助けるための技術です」


二人の目を、順に見る。


「強くするためでも、

 長持ちさせるためでもありません」


少し、声を落とす。


「壊れるときに、

 “次の選択肢”を残すための形です」


沈黙。


やがて、女性が言った。


「……それで、次は?」


リオは、盾の内側を指差す。


「この歪みを、消しません。

 むしろ――活かします」


男性が、ゆっくりと理解する。


「……逃げ道?」


「はい」


リオは頷いた。


「次に受ける衝撃を、

 完全には受け止めない。

 “流して、捨てる”」


女性が、ぽつりと言う。


「……守れなくなる」


「前ほどは」


リオは、否定しない。


「でも、

 壊れたあとに、動けます」


しばらく、沈黙が続いた。


やがて、男性が口を開く。


「……正直に言ってくれ」


「はい」


「次も、生きて帰れるか」


リオは、目を逸らさなかった。


「確率は、上がります」


二人は、同時に息を吐いた。


女性が、静かに笑う。


「……それで十分だ」


男性も、頷いた。


「強くなりたいわけじゃない。

 帰りたいだけだ」


その言葉に、リオの胸が、静かに熱を帯びた。


「分かりました」


リオは盾を、作業台に戻す。


「これは、

 “再生”ではありません」


炭筆で、紙に一言書く。


灰炉式・循環段階(試)


「次へ渡す形です」


ミーネが、いつの間にか入口に立っていた。


「……難しいこと、してるね」


「はい」


「でもさ」


ミーネは、少しだけ笑う。


「それ、装備を使い捨てにしてない」


リオは、静かに答えた。


「人も、同じです」


壊れたから終わりじゃない。

役目が変わるだけ。


炉に、初めて火を入れる。


弱く、ゆっくり。


「……次は、

 壊れる前提で、作ります」


それは、後退ではない。

進化だった。


灰炉式は、

“守る技術”から

“生き延びる思想”へ。


そしてその思想は、

もう一度――

世界に試されようとしていた。

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