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「灰炉に残る温度」  作者: ぷにゅん


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第四章 灰炉式――仮称

工房の夜は、いつもより深く感じられた。


灯りを落とし、炉の前に置かれた小さな卓だけに光を集める。

リオは椅子に腰掛け、紙を一枚広げた。


白いままの紙。


――ここに、名前を書く。


それが、これから先の世界を決める。

そう思うと、指が止まった。


「……名前、か」


ミーネが向かいに座り、脚をぶらぶらさせながら言った。


「簡単じゃないよね。

 だってさ、これ“技名”じゃないもん」


「はい」


リオは頷いた。


「考え方、です」


ミーネは肘をつき、真面目な顔になる。


「王都の人たちが欲しいのは、

 “使える名前”だよ。

 短くて、覚えやすくて、

 誰が聞いても強そうなやつ」


「……そうですね」


「たとえばさ」


ミーネは指を折る。


「《流力制御》とか

 《安全付与理論》とか

 《耐衝撃強化式》とか」


リオは、ゆっくりと首を振った。


「それは……違います」


「だよね」


ミーネは苦笑した。


「全部、“何ができるか”しか言ってない」


リオは紙に、いくつかの言葉を書いては消した。


・調整

・制御

・回避

・緩和


どれも、足りない。


「私がやっていることは……」


リオは言葉を探す。


「強くすることでも、

 便利にすることでもありません」


ミーネは黙って聞いている。


「壊れないようにする。

 でも、それは“守る”とも違う」


リオは、炉を見た。


「人は、壊れるとき――

 たいてい、限界を越えたときじゃないんです」


ミーネが小さく頷く。


「越えちゃいけない線、越えるよね」


「はい」


リオは続ける。


「だから私は、

 越えないように導く形を作りたい」


しばらく、沈黙。


ミーネが、ぽつりと言う。


「……それ、優しすぎない?」


リオは少し驚いて、彼女を見る。


「優しいって、

 世界ではだいたい、

 “弱い”って意味だよ?」


「……分かっています」


リオは、はっきり答えた。


「でも」


少し、言葉を溜めてから。


「弱くても、

 生きて戻れるなら――

 それでいい人もいます」


ミーネは、しばらく何も言わなかった。


やがて、ゆっくりと笑う。


「ほんと、リオらしい」


そのとき、工房の奥から足音がした。


オルドだった。


彼は卓の上の紙を見て、短く言う。


「まだ、仮だな」


「……はい」


「名前を付けると、

 それは“完成したもの”として扱われる」


「分かっています」


オルドは腕を組んだ。


「なら、

 “完成しない名前”にしろ」


リオの目が、わずかに見開かれる。


「完成しない……?」


「そうだ」


オルドは炉を指差した。


「火は、入れ続けなければ消える。

 だが、入れすぎれば壊す」


「……はい」


「お前の技術は、

 その間を見続けるやり方だ」


オルドは、ゆっくりと言った。


「なら、名前も同じにしろ」


ミーネが、はっとする。


「……“式”」


リオが、呟いた。


「完成形じゃない。

 その都度、組み替える」


紙に、文字を書く。


灰炉式


「“仮称”を外すには、

 まだ早い」


リオはそう言って、

文字の横に、小さく添えた。


――未完成のまま、使うための名。


ミーネが、目を細める。


「ねえ、それ……

 使う人、選ぶよ?」


「はい」


「分かる人しか、使えない」


「それでいいんです」


リオは、迷わず言った。


「分からない人が使うなら、

 それは、私の技術じゃありません」


しばらくして、

オルドが短く言った。


「決まりだな」


リオは、深く息を吐いた。


紙の上には、はっきりと残っている。


灰炉式


まだ、仮称。

でも、確かに――

世界に向けて置かれた名前だった。


炉の前に立ち、

リオは小さく呟く。


「……これで、逃げられませんね」


ミーネは、にっと笑った。


「うん。

 でもさ――」


彼女は、優しく言った。


「逃げなかったから、

 ここまで来たんだよ」


灰の奥で、

まだ火は眠っている。


だが、その火はもう――

名前を持って、世界に出る準備を始めていた。


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