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「灰炉に残る温度」  作者: ぷにゅん


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第三章 名を呼ばれる覚悟

再び工房の扉が叩かれたのは、日が傾き始めたころだった。


今度のノックは、迷いがない。

遠慮もない。

だが、乱暴ではなかった。


「……来ましたね」


ミーネが小さく言う。


リオは頷き、扉へ向かった。


開いた先に立っていたのは、朝と同じ男だった。

深緑のマント、無駄のない立ち姿。

背後には、護衛らしき人物が二人。


「時間をもらった」


男はそう言って、工房の中へ視線を送る。


「今度は、こちらが聞く番だ」


リオは一歩退き、道を空けた。


「どうぞ」


工房に入ると、男は炉を一目見てから、作業台に視線を落とした。

棚の位置、道具の並び。

一つひとつを“読む”ような目だった。


「条件を聞こう」


リオは、少しだけ息を整えてから話し始めた。


「私が名を付けるなら、

 それは“完成した技術”ではありません」


男の眉が、わずかに動く。


「どういう意味だ」


「方法でも、装備でもない」


リオは続ける。


「判断の仕方です」


工房の空気が、静まる。


「この技術は、

 使う人の力量で結果が変わります。

 だから、誰でも同じ形で使えるものにはしません」


男は腕を組み、低く言った。


「それでは、管理できない」


「はい」


即答だった。


「管理できないものを、

 “正解”として広めるのは危険です」


「では、どうしろと言う」


男の声に、苛立ちが混じる。


リオは一歩も引かなかった。


「必ず、調整者が立ち会うこと。

 使う人の動き、装備、目的を見た上で、

 その場で形を変える前提にしてください」


男は、しばらく沈黙した。


「……それは」


「量産できません」


「効率が悪い」


「はい」


リオは、はっきりと言った。


「だからこそ、

 間違えたときに止められます」


男の視線が、鋭くなる。


「責任を、こちらが負うと言った」


「それは、使った後の話です」


リオは首を振る。


「私は、“使う前に止める責任”を残したい」


長い沈黙が落ちた。


護衛の一人が、わずかに動く。

だが、男は手を上げて制した。


「……名を付けるとは、

 そこまで縛ることだと、分かっているか」


「分かっています」


リオの声は、静かだったが揺れなかった。


「だから、

 この条件を飲めないなら――

 名は付けません」


男は、ゆっくりと息を吐いた。


「……不器用だな」


その言葉は、非難ではなかった。


「だが」


男は顔を上げ、リオを正面から見た。


「それでも、欲しいと言う者がいる」


「……それは」


「英雄ではない」


男は言った。


「戦場で名を残す者ではない。

 生き残るために、

 “壊れない選択”を必要とする者たちだ」


その言葉に、リオの胸が揺れた。


「名を付けるなら、

 我々は条件を受け入れる」


ミーネが、思わず息を呑む。


「ただし」


男は続けた。


「名は、あなたの責任になる。

 逃げ道はない」


リオは、しばらく黙っていた。


炉の前に立ち、

冷えた石に手を置く。


そして、振り返る。


「……それでも」


ゆっくりと、言葉を選ぶ。


「その名が、

 誰かを無理に強くするために使われるなら、

 私は、いつでも引き上げます」


男は、わずかに口角を上げた。


「それが条件か」


「はい」


「いいだろう」


そう言って、男は一歩下がった。


「名を考える時間をやる」


その瞬間、

リオは初めて“逃げられない場所”に立ったと感じた。


名を付ける覚悟。

それは、技術の問題ではない。


世界と、どう向き合うかの選択だった。


男たちが去ったあと、

工房には、深い静けさが残った。


ミーネが、ぽつりと言う。


「……ねえ、リオ」


「はい」


「世界、ちょっと大きくなったね」


リオは、炉を見つめたまま答えた。


「……はい」


灰の奥に、まだ火はない。

けれど、

次に入れる火は、もう後戻りできない。


名を付けるということは、

その火を――

世界に渡すということだから。

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