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「灰炉に残る温度」  作者: ぷにゅん


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第二章 対価と条件

工房に戻ってからも、リオの耳には、あの男の声が残っていた。


――名は、あなたが付ける。

だが、我々は“それを欲しい”。


炉の前に立っても、火を入れる気にはなれなかった。


扉が軋む音がして、ミーネが入ってくる。


「……さすがに、落ち着かないよね」


「はい」


リオは短く答えた。


ミーネは作業台の端に腰掛け、しばらく黙っていたが、やがて言った。


「ねえ、正直に聞いていい?」


「どうぞ」


「怖くなかった?」


リオは少し考えてから、首を横に振った。


「怖い、というより……重かったです」


「重い?」


「“名を付けてほしい”と言われた瞬間に、

 それがもう私の手を離れるものになる気がして」


ミーネは目を瞬かせた。


「……なるほどね」


「名前が付くと、

 それは“誰でも使える正解”になります。

 でも、あの技術は――」


リオは言葉を探すように、少し間を置いた。


「使う人の判断で、結果が変わるんです。

 間違った人が使えば、きっと壊れる。

 それを、私の名前で広めるのは……」


ミーネは、いつもの軽さを消した声で言った。


「責任、取りきれない?」


「はい」


「でもさ」


ミーネは身を乗り出す。


「それって、“今”の話でしょ?」


リオは黙った。


ミーネは続ける。


「今のリオは、

 “自分が見える範囲”しか信じてない。

 だから、広がるのが怖い」


「……否定できません」


「でもね」


ミーネは、少しだけ笑った。


「広がるってことは、

 “リオが見えないところで救われる人”が出るってことでもある」


その言葉に、リオの胸がきゅっと縮んだ。


「……それは」


「うん、分かってる。

 簡単な話じゃないよね」


ミーネは一度、深く息を吸う。


「じゃあさ。

 逆に聞くけど――」


彼女は、真っ直ぐリオを見た。


「どんな条件なら、

 リオは“名を付けてもいい”って思える?」


しばらく、沈黙が落ちた。


風が、工房の隙間を抜ける。


リオは、棚の奥に置いた金属板を見た。


「……一つ、あります」


ミーネの耳がぴくりと動く。


「聞かせて」


「技術を渡すなら、

 “完成形”としてではなく――」


リオは、言葉を区切りながら話した。


「必ず、調整者が立ち会うこと。

 使う人が誰で、どんな場面かを見て、

 その場で形を変える前提であること」


ミーネは思わず声を上げた。


「それ、量産できないじゃん」


「はい」


「管理する側、嫌がるよ?」


「分かっています」


リオは、静かに続けた。


「でも、それができないなら、

 この技術は“まだ外に出せない”」


ミーネは、しばらく考え込んでから言った。


「……つまり」


「はい」


「名前を付けるなら、

 “方法”じゃなくて“思想”に付けたい」


リオは、はっきりと頷いた。


「壊れないために、

 強くしないという選択。

 それを、守れる形で」


ミーネは、ふっと息を吐いた。


「リオさ……」


「はい」


「それ、王都の人たちには、

 めちゃくちゃ扱いにくいよ」


「……でしょうね」


「でも」


ミーネは、にやっと笑った。


「だからこそ、“リオの技術”なんだと思う」


その言葉に、リオは少しだけ肩の力を抜いた。


そのとき、工房の奥から足音がした。


「話は、聞かせてもらった」


オルドだった。


「条件は?」


「今、話していたところです」


オルドは腕を組み、しばらく考える。


「名を付けるなら、

 “扱いにくい技術”になるな」


「はい」


「それでも、やるか」


リオは、迷わず答えた。


「……はい。

 もし名を付けるなら、

 “誰でも使える正解”にはしません」


オルドは、短く笑った。


「いいな」


その一言は、許可だった。


ミーネは立ち上がり、伸びをする。


「じゃあ次は――

 その条件、直接ぶつけに行く番だね」


リオは、ゆっくりと頷いた。


名を付けるかどうかは、まだ決めていない。

けれど――


名を付けるための“条件”は、はっきりした。


炉の前に立ち、

リオは初めて思う。


――この技術は、

――私一人のものじゃなくなる。


その日が来たとき、

自分はどんな名前を選ぶのか。


答えは、まだ火の中にある。


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