第四話 はじめての付与 第一章 火を入れる理由
朝の工房は、静かだった。
《灰炉の工房》の炉は冷えている。
だが昨日までと違うのは、その前に立つリオの呼吸だった。
――今日は、火を入れる。
その判断に、迷いはなかった。
前掛けを掛け、髪をまとめる。
炉の口に手をかざし、灰の状態を確かめる。
残熱はない。ゼロから始める日だ。
火種を落とし、薪を組む。
風箱を引く。
炎が起き上がり、色を持つ。
「……このくらいで」
白くなりきる手前。
金属を変えない温度。
作業台には、小さな金属板が一枚置かれている。
以前、使わないと決めたあの素材。
魔力を通しやすく、だが脆い。
今日は、武具ではない。
リオは炭筆で、板の端にごく浅い線を引いた。
刻印――というほどのものではない。
ただ、通り道を示すための溝。
「足さない……通すだけ」
独り言が、工房に溶ける。
熱した金属を、すぐに引き上げる。
叩かない。
削らない。
溝に沿って、ほんの一滴。
魔力を流す。
板が、微かに震えた。
強くはない。
光るほどでもない。
だが、確かに反応した。
リオはすぐに魔力を止め、冷却に入る。
深追いしない。
昨日決めたことだ。
そのとき、足音がした。
「……おはよう」
オルドだった。
いつもより少し早い。
「今日は、作るのか」
「はい。でも……装備ではありません」
オルドは近づき、金属板を見下ろす。
「付与か」
「いいえ」
リオは首を振った。
「付与にならないところまで、です」
オルドは一瞬だけ目を細め、何も言わなかった。
金属板を持ち上げ、角度を変える。
光を当てる。
そして、短く言った。
「……通ってるな」
それだけだった。
評価でも称賛でもない。
事実の確認。
リオの胸が、静かに高鳴った。
「成功、でしょうか」
「失敗ではない」
オルドはそう言って、背を向ける。
「“使えるかどうか”は、これからだ」
その言葉に、リオは深く頷いた。
炉の火を落とす。
今日は、ここまで。
金属板を布で包み、棚の一番上に置く。
――はじめて、火を入れた理由。
それは、
強くするためでも
名を上げるためでもない。
「……間違えないため」
リオはそう呟いた。
工房の外で、町が動き始める音がする。
今日も、誰かが歩き出す。
そしていつか――
この小さな“通り道”が、
誰かの未来を支える日が来る。




