それぞれの決意
今回の話は
リアム、エレナ、テオ。
それぞれが、自分の進む道を選ぶ回となってます。
ぜひお楽しみください
夜は、静かすぎるほど静かだった。
リアムの部屋には、壁際に置かれた蝋燭の火だけが灯っている。
小さな炎が、ゆらり、ゆらりと揺れるたび、影が天井をなぞった。
布団に横になっても、眠気は訪れなかった。
――あの時。
ホブゴブリンを倒した瞬間のことが、何度も頭をよぎる。
考えるより先に、身体が動いていた。
力を使った自覚は、ほとんどなかった。
(……もし、あれが)
思考が、夢の記憶へと引きずられる。
紫色の光。
左腕に宿った龍脈。
その力で、エレナを、テオを、ガイアスを、リーナを――
村の人たちを、次々に倒していた自分。
喉の奥が、ひどく乾いた。
もし、あの時。
ホブゴブリンではなく――
エレナたちに、その力を向けていたら。
そう考えた瞬間、リアムは目を閉じることができなくなった。
翌朝から、村の空気は変わっていた。
「リアムが守ってくれた」
「やっぱり、あの子は違う」
そんな声が、あちこちから聞こえてくる。
顔を合わせれば、笑顔。
感謝の言葉。
時には、冗談交じりに「英雄だな」なんて言われることもあった。
――ヒーロー。
その言葉が、リアムの胸に落ちることはなかった。
ホブゴブリンを倒したのは事実だ。
けれど、胸を張れるほどの実感はない。
あの時、自分が何をしたのか。
その力が、どこから来たのか。
わからないままだった。
皆が見ているのは、
“結果”だけだ。
(……俺は)
続きを考えようとすると、
あの紫色の光が、脳裏にちらつく。
リアムは、その言葉を飲み込んだまま、笑って頷いた。
数日後の夜――。
食卓には、ハーブの香りが広がっていた。
「できたわよ」
リーナが皿を並べる。
肉料理から立ちのぼる湯気が、部屋を満たした。
「おっ、うまそうだな」
ガイアスはそう言って椅子を引き、腰を下ろす。
リアムも無言のまま、向かいの席に座った。
「いただきます」
ガイアスとリーナが声をそろえた、その直後。
「……お父さん。お母さん」
リアムが、顔を上げた。
「ちょっと、話があるんだ」
二人はきょとんとした表情で互いを見てから、リアムに視線を戻す。
「おう。どうした?」
リアムは、左腕をぎゅっと握りしめた。
「この数日間……ずっと考えてた。
この、左腕の龍脈のこと」
言葉を選ぶように、間を置く。
「確かに……強いのかもしれない。
ホブゴブリンを倒したのも、事実だと思う」
そこで、リアムの声がわずかに揺れた。
「でも……違うんだ。
あれは、僕が倒したんじゃない」
ガイアスとリーナは、何も言わずに聞いている。
「このままだと……」
リアムの視線が、震える。
「この力で、みんなを……
お父さんやお母さん、エレナやテオを……
殺してしまうかもしれない」
息を吸い込む音が、やけに大きく響いた。
「……そんなの、嫌なんだ!!」
言い切ったあと、部屋は静まり返った。
二人は黙ったまま、リアムを見つめていた。
「……だから」
リアムは、ゆっくりと息を吸った。
「僕は……お父さんとお母さんが通ってた、
王都にあるアルセリオン学院に入りたい」
ガイアスの眉が、わずかに動く。
「もっと強くなりたい。
この力から逃げないためにも……」
しばらく、沈黙が落ちた。
ガイアスは腕を組み、リアムをじっと見つめる。
視線は厳しいが、拒む色はなかった。
「あそこはな……」
低い声で、ガイアスが言う。
「貴族の子弟も多く通う学院だ。
入試は、そう簡単じゃない。
それでも――行くのか?」
リアムは、迷わず頷いた。
「うん」
短く、はっきりと。
ガイアスは、ふっと息を吐いた。
「……分かった」
そう言って、背筋を伸ばす。
「今日からだ。
剣技、魔法、座学――
お母さんと一緒に、容赦なく教えるぞ。いいな?」
リアムの目が、見開かれる。
「は、はい!」
その時、リーナが微笑んだ。
「大丈夫よ。リアムなら、きっと受かるわ」
その言葉に、胸の奥で何かがほどけた。
「……ありがとう!」
リアムは勢いよく立ち上がり、深く頭を下げた。
顔は、さっきまでの不安が嘘のように明るい。
家族の笑い声が、食卓に戻ってきた。
◆
翌日
村は、いつもと変わらない朝を迎えていた。
乾いた風が草原を渡り、遠くで家畜の鳴き声が聞こえる。
穏やかで、のどかな村。
リアムは、エレナの家の前に立っていた。
木製の扉の横に取り付けられた、簡素なノック用の金具。
それを軽く叩く。
コンコン。
しばらくして、扉が開いた。
「あら!」
顔を出したのは、エレナの母だった。
「リアムちゃんじゃない。どうしたの?」
「えっと……エレナ、いますか?」
「いるわよ。今呼ぶわね」
家の奥に向かって声をかけると、
ほどなくして階段を下りる足音がした。
「リアム?」
エレナが顔を出す。
「ちょっと、話したいことがあって……」
⸻
二人は、村の奥にある小さなベンチに並んで座っていた。
木々の隙間から差す光が、地面にまだらな影を落としている。
しばらく、言葉はなかった。
リアムが、視線を落としたまま口を開く。
「……俺さ」
小さく、息を吐く。
「アルセリオン学院に行くことにした。」
エレナが、ポツリと言う。
「……そっか。
リアム、そこまで考えてたんだね」
リアムは続ける。
「十二歳の時に試験を受けて……
受かったら、王都で一人暮らしになる」
言い終えたあと、空気が静まった。
チチチ――
鳥の鳴き声だけが、間を埋める。
エレナは、しばらく黙っていた。
それから、ぽつりと呟く。
「……あたしさ」
指先を、ぎゅっと握る。
「リアムみたいに、特別じゃないし。
強くもない」
リアムは、何も言えなかった。
「ホブゴブリンの時だって……
魔法、全然撃てなかったんだよ」
一瞬、唇を噛む。
そして、顔を上げた。
「……決めた」
その目は、もう迷っていなかった。
「あたしも王都に行く。
あたしも、強くなりたい」
リアムが、思わず目を丸くする。
「守られてばっかりなの、もう嫌なんだ」
エレナは、ふっと笑った。
「そうと決まればさ――」
立ち上がり、拳を軽く握る。
「リアムに負けてられないよね」
そして、にっと笑う。
「どっちがアルセリオン学院に受かるか、
競争だよ。リアム」
リアムは、少し驚いたようにエレナを見た。
それから、ゆっくりと微笑む。
「あぁ……」
短く、それだけ答えた。
エレナの家の前までエレナを送り、別れた後、
リアムはテオの家へ向かった。
庭先から、乾いた音が聞こえてくる。
木刀が風を切る音だ。
テオは、一心不乱に素振りを続けていた。
「……テオ」
声をかけると、木刀が止まる。
「リアム!」
テオは、すぐにこちらに気づいて駆け寄ってきた。
「どうしたんだ?」
リアムは、エレナに話したのと同じことを、静かに伝えた。
アルセリオン学院のこと。
王都のこと。
試験のこと。
話し終えると、テオはリアムを見て、
「……リアムはさ、
俺が考えてるより、ずっと先に行ってたんだな」
「……そりゃ、遠くにいるように見えるわけだ。」
笑いながら、でもすぐに表情が引き締まる。
「……でもさ」
テオは、木刀を強く握った。
「この前のゴブリンの時、
お前が一人で戦ってるのに、
俺、何もできなかった」
視線を落とす。
「ただ、木刀を握ってただけだ」
唇を噛み、顔を上げた。
「それが……嫌でさ」
テオは、まっすぐにリアムを見る。
「約束だ、リアム」
拳を握る。
「俺は、この村で自警団に入って、
必ずリーダーになる」
そして、はっきりと言った。
「お前は、アルセリオン学院に必ず受かれ」
リアムは、一瞬だけ驚いた顔をして――
すぐに、強く頷いた。
「分かった」
二人は、無言で拳を突き出す。
ゴツン、と鈍い音が鳴った。
太陽は村を照らしていた。
少年たちの選んだ道を知ることもなく、
それでも変わらず、等しく光を注いでいた。
――六年後。
朝の光が、部屋に差し込んでいた。
鏡の前に立つリアムは、もうかつての少年ではない。
背は伸び、肩幅も広くなった。
引き締まった体には、これまでの鍛錬が刻まれている。
左腕を見下ろす。
そこにある力を、恐れず、誤魔化さず、
向き合ってきた六年間だった。
荷物をまとめ、最後に部屋を見渡す。
「……よし」
短く、そう呟いた。
その時――
「リアムー!
そろそろ出発する時間よ!」
階下から、リーナの声が響く。
「今行く!」
はっきりとした声で答え、リアムは扉に手をかけた。
nextアルセリオン学院編
今回は、三人がそれぞれの立場で「進むこと」「何を思ったか」を意識して書いてみました、
次回から新章アルセリオン学院編に入ります!
お楽しみに!




