小さな英雄
読んでいただきありがとうございます!
川での緊急事態。
溺れている子を発見した、リアムは果たして間に合うことができるのか、
それでは、本編へ
水面は陽を反射して明るいのに、
流れの中心だけ色が濃く見えた。
水面は陽を反射して明るいのに、
流れの中心だけ色が濃く見えた。
一定に流れているはずの水が、
そこだけ不自然に渦を巻いている。
足を踏み入れれば、
たった一歩で流れに攫われる――
誰の目にも分かる危険さだった。
その真ん中で――
「おかぁ……しゃ……っ……!」
小さな頭が水面に出たり沈んだり。
呼吸もままならず、
泣き声が水に呑まれて途切れ途切れだ。
「どいて!! 離して!!」
母親が叫び声を上げて駆け出した。
顔は涙と恐怖で歪み、
ただ我が子の方へ手を伸ばす。
「やめろ!! 流れが速い!!」
大人の男が必死に腕を掴む。
「離して!! あの子が!! あの子が死んじゃう!!」
母親の声は嗚咽で掻き乱れ、
周りの大人たちの焦りをさらに煽る。
「浮くものを!! 誰か早く!!」
叫びと混乱が、
川辺を一瞬でパニックに変えていた。
――そのとき。
川の音とは違う、
空から低く唸るような風切り音が近づいてきた。
「……なんだ?」
誰かが空を見上げた瞬間。
「うわぁぁぁぁぁ!!!」
テオの絶叫が響く。
視界の端から、影が急速に迫った。
光を裂くように、滑空してくる。
風を背負った少年が
流れに呑まれた子供へ一直線。
リアムは腕を伸ばし、
沈みかけた小さな身体を抱き寄せた。
水飛沫が弧を描き、
風が少年たちを押し上げる。
風の勢いを残したまま、
リアムは少しずつ高度を下げていった。
「っ……ぅぇ……」
背中のテオは言葉にならない声を漏らし、
ぐらついた身体を必死にリアムの肩へしがみつかせる。
視界がぐにゃりと揺れているのが一目で分かった。
浅瀬の砂利が近づき、
リアムはそっと片膝をついて着地する。
「ほら。もう大丈夫だよ」
腕の中の男の子をゆっくりと下ろすと――
「おかあさーーん!!」
子供は泣きながら母親へ飛びついた。
母親もすぐに抱きしめ、肩を震わせる。
「よかった……ほんとうによかった……!」
「ありがとう……ありがとう……!
本当に……ありがとう……!」
何度も、何度も、
涙声で礼を言い続ける。
「す、すげぇ……」
「風魔法だよな?今の見たか?」
周りの大人たちも口々に賞賛し始めた。
「……へへ」
リアムは胸を張り、どこか誇らしげな表情を浮かべていた。
乾いた木の壁に、陽の光が細く差し込んでいる。
草の匂いが染みついた布団と、使い込まれた机。
机を挟んで向かい合う父とリアム。
父は拳を握りしめ、視線を落としたままだ。
「……リアム」
低く、抑えた声。
「無茶をするな!!
死んだら……どうするつもりだ!」
リアムは視線を落としたまま、唇を震わせた。
「……じゃあ、黙って見殺しにしろって言うの?」
父・ガイアスの呼吸が止まる。
リアムは顔を上げた。
目には迷いよりも、強さが宿っていた。
「あの場では、僕しか助けられる人がいなかったんだよ!」
叫ぶ声に、悔しさと正義が混ざる。
「そんな状況で、
男の子を助けないことが……
お父さんの正義なの?」
ガイアスは拳を握りしめたまま、何も言えなくなった。
沈黙のあと、ガイアスは息をゆっくり吐いた。
「……すまん、リアム」
「お父さんが間違ってた」
視線を上げる父の目は赤い。
「もし俺がお前と同じ立場だったら……
きっと迷わず助けてたと思う」
拳がほどけ、指先が小さく震えていた。
「だがな……お前は俺の可愛い息子だ」
「何かあったと考えたら……怖いんだ」
言葉を噛みしめるように続ける。
「それだけは……理解してくれ」
リアムは気まずそうに視線を逸らした。
「……うん」
「俺のほうこそ、ごめん」
少しだけ笑ってみせる。
「…無茶はしないよ。」
机の上の蝋燭が、かすかに揺れた。
小さな炎は、消えるどころか――少しだけ強くなった。
張りつめていた空気が、少しだけ緩んだその時――
コンコン、と控えめなノック。
ほのかに甘い、香ばしい匂いが流れ込んだ。
「仲直り、できた?」
母・リーナがクッキーの皿を手に、
にこっと微笑んで立っていた。
「クッキーだ!」
リアムの顔が一気に明るくなる。
「おお……うまそうだな」
ガイアスも、さっきまでの険しさが消えていた。
「さ、みんなで食べよ。冷めたらもったいないわ」
クッキーの甘さが、
部屋に残っていた重たい空気を
あっという間に溶かしていった。
翌朝。
朝の空気はひんやりして、
土と草の匂いが鼻をくすぐった。
屋根に差す陽の光が、
木の壁を金色に染めていく。
「いってきまーす!」
リアムは元気よく家を飛び出した。
土の道の両側には、
丸太の家が並び、窓からパンの香りが流れてくる。
畑へ向かう農具のきしむ音。
近所の子どもたちが追いかけっこしている。
小さな村の、いつもどおりの朝――
だけど今日は少しだけ違って見えた。
「よっ、英雄様!」
「昨日のこと聞いたぞ!すごいじゃないか!」
大人たちが笑顔で声をかけてくる。
こんなの、今までなかった。
(……へへ、悪くない)
ちょっとだけ胸を張る。
すると、後ろから元気な声が響いた。
「リアム〜!」
振り返ると、金髪が陽を弾いていた。
右側に小さな羽の髪飾り。
青い瞳がキラキラして、白いワンピースをひらめかせながら
エレナが全力ダッシュで近づいてくる。
「リアム!聞いたよ!
溺れてた子助けたんだって!?
すっごーい!!」
「ふ、ふつうだよ……!!」
リアムは鼻先をかきながら、
耳まで真っ赤になって逸らす。
「えへへ!
リアムが助けてくれた子、
すっごく泣いてたけど……
助かって良かったよね!」
「……まぁな」
声が裏返りそうになって慌てて咳払いする。
「ほんとにリアムかっこいい!」
エレナは純粋な笑顔で、
まっすぐリアムを見上げる。
――女の子慣れしていないリアムの心臓は、
さっきの急降下より速く打ち始めていた。
「そうだ!リアムにね、お願いがあったの!」
「今日もリーナさんに魔法教えてもらいたいの!いい?」
「……あ、あぁ。聞いてみる。
一緒に行こ」
リアムが答えると、
エレナはぱぁっと花みたいに笑った。
「うんっ!」
「リアムーー!!」
別の方向から声が飛ぶ。
テオが手を振りながら走ってきた。
「なんだよ、テオ」
「なになに~? 二人でデート~?
ヒューヒュー!!」
「だ、誰がだよ!!」
「リアム、顔真っ赤。あたしのこと好きなの?」
エレナはちょこんと首を傾けて、
無邪気に笑った。
「……揶揄うなよ」
「えへへっ」
リアムの心臓は、また一段強く打った。
「――あっ、そうだ!」
テオが急に声を上げた。
「俺さ!ガイアスさんに剣、教えてもらいたいんだ!いいよな、リアム?」
「え?剣を?」
「……まぁ、今日父さんは仕事休みのはずだから、たぶん家にいるよ」
「おし!じゃあ決まり!!」
テオは元気よく拳を突き上げる。
「リアムのお母さんにも、
魔法教えてもらえるんだよね!?」
エレナの瞳も期待でキラキラ輝いた。
「う、うん。聞いてみるよ」
「じゃあ……みんなで俺んち行こっか!」
「おーっ!!」
三人の声が、澄んだ朝の空に弾けた。
続く
読んでくれてありがとう!
リアム、考えるより先に体が動いていました。
危ないことだって分かってるのに、
目の前の命を放っておけない――
あれはリアムなりの“正義”なんだと思う。
まだ無茶なところもあるけど、
その勇気がどう成長していくのか……
これから一緒に見守ってくれたら嬉しいです!
次回はついにリアムが父ガイアスと模擬戦をします。
これがリアムの初戦闘シーンになるので、次回もよろしくお願いします。




