最終試験 ――模擬戦
模擬戦の会場は、学院の敷地奥に設けられた闘技場だった。
円形に近い造り。
白い石で組まれた観覧席が、幾重にも重なり、上へとせり上がっている。
その中心に、広々とした試合用のフィールド。
想像していたよりも、ずっと大きい。
受験者たちは、自然と足を止め、視線を巡らせた。
誰かが、小さく息を呑む。
ここで――戦う。
闘技場の中央へ、一人の案内人が歩み出た。
その足元で、淡い光が広がる。
「これより、最終試験――模擬戦の説明を行います」
ざわついていた空気が、静まる。
「模擬戦は、受験者同士による一対一」
「組み合わせは、すべてランダムです」
短く、区切るように言葉が続く。
「勝敗は記録されますが」
「勝ち負けのみで、合否が決まることはありません」
その一言に、何人かの表情がわずかに緩んだ。
「評価対象は、戦闘内容です」
「判断力、制御、対応力――総合的に審査します」
「敗北した場合でも」
「評価が高ければ、十分に加点されます」
視線が、自然と審査員席へ向かう。
案内人は、闘技場の一角を指し示した。
「使用武器は、支給品から自由に選択してください」
「剣、槍、短剣など、複数用意しています」
一拍。
「勝利条件は、先に三回ヒットを取った側」
そして、最後に。
「試合は、結界内で行われます」
「痛みはありません」
「ただし――当たれば、ヒットとして記録されます」
「使用できる魔法は、初級魔法のみ」
「中級以上は、結界の判定が不安定になるため禁止です」
案内人は、そこで言葉を切った。
「――以上です」
「それでは、最初に模擬戦を行ってもらう受験者を呼びます」
手元の名簿に視線を落とし、淡々と告げた。
「ルーカス・フェンリル」
「――対」
「マティアス・クロウフォード」
二つの名前が、闘技場に響く。
ざわり、と空気が動いた。
呼ばれた二人が、人波の中から前へと進み出る。
一人はやや背の高い少年
もう一人は、細身で鋭い目をした受験者だった。
「両名、前へ」
案内人の指示に従い、二人は闘技場の中央へと歩いていく。
「武器を選択してください」
案内人の指示に従い、二人は闘技場の中央へと歩いていく。
「武器を選択してください」
ルーカスは、少し迷った末に片手剣を取った。
対するマティアスは、短槍を手にする。
どちらも、派手さはない。
二人が距離を取り、向き合う。
闘技場の中央に、淡い光が広がった。
結界が展開される。
「――それでは」
案内人が、静かに告げた。
「戦闘を開始してください」
その瞬間――
闘技場の視線が、一斉に二人へと集中した。
◆
しばらくして。
再び、案内人の声が響く。
「勝者――マティアス・クロウフォード」
短い宣告だった。
闘技場に、小さなどよめきが広がる。
マティアスは一礼し、何事もなかったように中央を後にした。
観覧席で、その様子を見ていたエレナが、ごくりと喉を鳴らす。
「……ねえ、リアム」
声が、わずかに震えていた。
「なんか……」
「緊張してきたんだけど……」
エレナの声は、さっきよりも少し小さかった。
リアムは一瞬考えてから、肩の力を抜くように言う。
「大丈夫だよ」
「エレナ、強いじゃん」
その言葉に、エレナは目を瞬かせる。
「……ほんと?」
「うん」
「筆記も乗り切ったし、的当ても悪くなかったし」
「あとは、いつも通りやればいいだけだよ」
エレナは、しばらくリアムを見つめて――
ふっと、表情を緩めた。
「……ありがとう」
その一言で、胸の奥の緊張が少しだけ溶けた気がした。
――と、そのとき。
「まぁ……」
間に割って入るように、甘い声が響く。
「リアム様ったら、お優しいのですわね」
シャルロットが、自然な動きでリアムの腕に絡みつく。
「わたくしも、少し緊張しておりましたのよ?」
「ねぇ、リアム様ぁ〜」
突然の距離に、リアムは肩をびくりと震わせる。
「お、おぅ……」
「シャルも……大丈夫だと思うよ」
視線を彷徨わせながら、慌てて続ける。
「的当ての時点数高かったしさ……」
その様子に、シャルロットは満足そうに微笑んだ。
――が。
その瞬間、エレナの表情が、すっと変わる。
「……」
何も言わない。
けれど、視線だけが、はっきりとシャルロットを捉えていた。
シャルロットも、ゆっくりとエレナを見る。
にこやかな笑顔のまま――
どこか、譲る気のない眼差し。
二人の間に、見えない火花が散る。
(……あ、これ……)
リアムは、妙な緊張を覚えながら、二人の間に挟まれていた。
模擬戦の闘技場とは別の意味で、
空気が、ぴりっと張りつめていた。
「――次」
案内人の声が、静かに響く。
名簿に視線を落とし、淡々と告げた。
「エレナ・フィオリア」
「――対」
「ガルド・ハインツ」
一瞬、エレナの肩がびくりと跳ねた。
「……!」
リアムの方を見る。
震える指先を、ぎゅっと握りしめる。
「……じゃ、じゃあ……」
「行ってくるね」
無理に笑おうとした声。
リアムは、少し強めに頷いた。
「おう!」
「大丈夫だって!」
その言葉に、エレナは小さく息を吸い、
ゆっくりと前へ踏み出した。
闘技場の中央。
「武器を選択してください」
エレナは、少し迷ったあと――
木製の杖を手に取った。
対するガルドは、ためらいなく木剣を掴む。
二人は、それぞれ所定の位置へと移動した。
淡い光が足元に広がり、
結界が展開される。
距離は、数歩。
向かい合う視線。
ガルドは、エレナを一瞥すると、鼻で笑った。
「……けっ」
「相手、女かよ」
木剣を肩に担ぎ、つまらなさそうに吐き捨てる。
「どうせならさ」
「レオンとやってみたかったぜ」
「デューク家の天才様、ってやつとよ」
その言葉に――
エレナの眉が、ぴくりと動いた。
「……」
唇をきゅっと引き結ぶ。
胸の奥に、さっきまでとは違う熱が灯るのを感じた。
ガルドは気にも留めず、軽く首を鳴らした。
「ま、さっさと終わらせてやるよ」
「三回当てりゃいいんだろ?」
その態度に、観覧席の空気がわずかにざわつく。
エレナは、小さく息を吸い――
静かに、構えを取った。
「――それでは」
案内人が、はっきりと告げる。
「模擬戦を開始してください」
その言葉と同時に、
闘技場の空気が、一段階引き締まった。
「――はっ」
ガルドが、木剣を構えたまま口の端を吊り上げる。
「すぐ終わらせてやるよ」
「悪く思うなよな」
《アイス・バインド》
エレナがそう言った次の瞬間――
ガルドの足元に、
パキッ。
乾いた音とともに、地面が白く染まった。
「……っ!?」
ガルドの足元一帯が、瞬時に凍りつく。
薄く、だが確実に動きを奪う氷。
「水……?」
観覧席がざわめく。
エレナは、杖を前に構えたまま、静かに立っていた。
その先端から、まだ淡い冷気が立ち上っている
「……っ!?」
シャルロットが、思わず声を上げた。
「こ、氷魔法……!?」
「しかも、初級で……!?」
目を見開いたまま、言葉を続ける。
「風と水の複合魔法の氷は制御がとても難しいはずですわ……!」
信じられない、という表情。
その少し後ろで、
レオンが、わずかに目を細めた。
――視線が、エレナに固定される。
ガルドは、歯を食いしばる。
「くそっ……!」
「動けねぇ……!?」
足元を引き剥がそうと力を込めるが、
氷は薄い分、広く張りつき、逃がさない。
その間に――
エレナが、ゆっくりと歩き出した。
一歩。
また一歩。
視線は逸らさない。
杖を、両手でしっかりと握り直す。
「……えいっ!」
コツン。
一発目が、ガルドの額に当たる。
「っ!?」
二発目。
コツン。
三発目。
コツン。
淡い光が走り、
結界が、ヒットを記録する。
「……」
一瞬の沈黙。
案内人が、静かに告げた。
「――三ヒット」
「勝者、エレナ・フィオリア」
闘技場に、遅れてざわめきが広がった。
「……え?」
「なに?この子……」
ガルドは、氷が溶けた足元を見下ろし、
悔しそうに舌打ちする。
エレナは、杖を下ろし、深く息を吐いた。
(……勝てた)
胸の奥に、じんわりと実感が広がる。
観覧席の方を見上げると――
リアムが、思いきり親指を立てていた。
それを見て、
エレナは、ようやく小さく笑った。
エレナが元の位置へ戻った後も、
闘技場のざわめきは、まだ完全には収まっていなかった。
「……今の、氷魔法だよな?」
小声の囁きが、あちこちで交わされる。
その空気を――
案内人の声が、切り裂いた。
「――続いて」
名簿に視線を落とし、淡々と読み上げる。
「レオン・ヴァルディス=アークライト」
「――対」
「セルジュ・ローデン」
その名が響いた瞬間。
闘技場の空気が、目に見えて変わる。
ざわめきが、すっと引いていく。
代わりに落ちる、重たい沈黙。
「……来た」
「デューク家……」
レオンは、何の感情も見せず、前へと歩き出した。
背筋はまっすぐ。
歩幅は一定。
一切、周囲を気にする様子はない。
ただ、闘技場の中央へ向かっていく。
リアムは、その背中を、無意識に目で追っていた。
「……レオン……」
胸の奥に、さっきとは違う緊張が走る。
――強い。
それを、理屈ではなく、肌で感じていた。
レオンは所定の位置で立ち止まる。
「武器を選択してください」
案内人の声にも、反応は最小限。
レオンは、静かに視線を武器棚へ向けた。
「――両名、準備してください」
レオンは、武器棚の前で一瞬だけ足を止め、
木製の剣を一本、手に取った。
余計な動作はない。
対するセルジュは、両手で双剣を掴む。
深く息を吸い、ゆっくりと吐いた。
二人は、それぞれの位置につく。
淡い光が地面に広がり、結界が展開される。
距離は、数歩。
セルジュは、レオンを正面から見据え、歯を食いしばった。
「……くっ」
「相手は、レオンか……」
小さく呟き、双剣を構える。
「勝てないかもしれない……」
「でも――」
視線に、決意が宿る。
「少しでも、喰らいつく!」
その瞬間。
「――それでは」
案内人の声が、はっきりと響く。
「開始してください!」
セルジュが、踏み込んだ。
「うぉぉぉ!!」
足元に風が渦巻く。
初級魔法による加速。
一気に距離を詰める――はずだった。
――だが。
「……?」
リアムは、瞬きをした。
何かが起きた気がした。
だが、目に映るものが、追いつかない。
次の瞬間。
淡い光が、三度、瞬いた。
コツン。
コツン。
コツン。
静かすぎる音。
セルジュの身体が、ぴたりと止まる。
「……え?」
双剣が、力なく下がる。
案内人が、淡々と告げた。
「――三ヒット」
「勝者、レオン・ヴァルディス=アークライト」
闘技場が、凍りついた。
「……は?」
「い、今の……?」
リアムは、思わず声を漏らす。
「!?」
視線を必死に巡らせる。
(いつ……?)
(いつ、攻撃した……?)
セルジュは、数秒遅れて――
その場に、がくりと膝をついた。
「……もう……」
「そ、そんな……」
肩が、小さく震えている。
レオンは、結果に一切反応しない。
ただ、木剣を下ろし、
踵を返す。
何も言わず、何も見せず、
そのまま、元の位置へと戻っていった。
リアムは、背中を見送りながら、呆然と呟く。
「……今の……」
「……何も、見えなかった……」
胸の奥に、
言葉にできない感覚が、静かに広がっていた。
――強い。
それも、
今まで見てきた誰とも、違う強さ。
これが、レオン・ヴァルディス=アークライト
リアムは、無意識に拳を握りしめていた。
爪が、掌に食い込む。
痛みで、ようやく自分が息を止めていたことに気づく。
(……強い)
ただ速いだけじゃない。
力があるだけでもない。
(……ああいう戦い方、か)
胸の奥で、何かが静かに燃え始めていた。
その隣で――
シャルロットが、ぽつりと呟く。
「……レオン様、強いですわよね」
視線は、すでに戻っていった背中を追っている。
「正直……」
「わたくしも、見えませんでしたの」
その声音には、悔しさも、恐れもなかった。
ただ、事実を受け止める冷静さがあった。
そして、ふっと微笑み、リアムの方を見る。
「ですが……」
ほんの少し、声を落とす。
「リアム様は、こう思われたのではありません?」
リアムは、答えない。
だが、否定もしなかった。
シャルロットは、その沈黙を肯定と受け取ったように、続ける。
「――戦ってみたい、と」
指先を胸元に添え、静かに言う。
「わたくしは、そう思いますわ」
「レオンの心を動かせるのは……」
「リアム様だけだと、思いますの」
驚くほど、まっすぐな視線だった。
「出会って、ほんの少しの間ですが」
「それでも……そう、感じましたのよ」
リアムは、思わず目を逸らす。
「……買いかぶりすぎだよ」
そう言いながらも、
胸の奥に残った熱は、消えなかった。
リアムは、視線を闘技場へ戻す。
そのとき――
案内人の声が、再び響いた。
「――続いて」
名簿をめくる、乾いた音。
「リアム・アーデンウッド」
「――対」
「シャルロット・ド・ベルナール」
一瞬、空気が止まる。
「……え?」
リアムが、小さく声を漏らす。
その隣で――
シャルロットが、ぱっと表情を輝かせた。
「まぁ!」
嬉しそうに声を上げ、くるりとリアムの方を向く。
「リアム様と、ですの?」
そして、にっこりと微笑む。
「お互い、頑張りましょうね」
柔らかな笑顔。
けれど、その瞳には、確かな闘志が宿っていた。
今回は、模擬戦を描いてみました。
アルセリオン学院らしい、
少し王道な試験展開を書いてみたいと思った回です。
ライバルとしてのレオンの存在や、
戦いの中で見えてくるそれぞれの実力差。
そして、エレナとシャルロットの、ちょっとした(?)火花も
楽しんでもらえたら嬉しいです。
次回は、
リアム vs シャルロット
いよいよ二人の直接対決です。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました




