アルセリオン学院試験
ついに、アルセリオン学院の試験編に突入しました。
この試験回は、物語を考え始めたときから
「いつかちゃんと書きたい」と思っていた場面のひとつです。
筆記試験、実技試験、そして学院という場所が持つ空気感。
キャラクターたちの実力や立ち位置が、
少しずつ見えてくる回になっています。
今回は特に、描写や流れに力を入れて書きました。
ぜひ、試験の雰囲気ごと楽しんでもらえたら嬉しいです。
アルセリオン学院の正門前。
白い石で組まれた巨大な門が、空を切り取るようにそびえ立っていた。
門の向こうには、学院の敷地が静かに広がっている。
その門を挟むようにして――
二人の男が、向かい合って立っていた。
リアム。
そして、レオン。
距離は数歩。
だが、間にある空気は、異様なほど重い。
レオンは動かない。
ただ、じっとリアムを見ている。
リアムは、視線を逸らさなかった。
その背後で――
シャルロットが、小さく息を呑む。
喉が鳴る音が、自分でも分かるほどだった。
無意識に、胸元へと手がいく。
一方、エレナは少し離れた場所で、その光景を見ていた。
初めて目にする、圧倒的な存在感。
(……あれが……)
噂に聞いた、デュークの一族。
こめかみに、冷たい汗が伝う。
視線を逸らしたいのに、目が離れなかった。
やがて――
レオンは、ゆっくりと視線を切る。
そして、彼は踵を返し、
そのまま、スタスタと歩き出した。
アルセリオン学院の門をくぐり、
白い石の向こうへと消えていく。
背中は一度も振り返ることはなかった。
「試験受付はこちらでーす!」
受付の声で、一気に現実が引き戻される。
リアムは小さく息を吐いた。
肩に入っていた力が、ようやく抜ける。
「……行こう」
シャルロットが、静かに頷く。
「ええ」
一拍遅れて、エレナも短く答えた。
「……うん」
三人は顔を見合わせ、
アルセリオン学院の敷地へと足を踏み出した。
【1時限目筆記試験】
筆記試験会場は、想像していたよりもはるかに広かった。
石造りの大教室。
高い天井が、声を吸い込むように静まり返っている。
段々状に設けられた座席が、奥へ奥へと続き――
そのすべてに、机がずらりと並んでいた。
すでに多くの受験者が着席している。
誰もが口を閉ざし、視線は前か、机の上。
張りつめた空気が、肌にまとわりつく。
リアムも、指示された席へ向かい、椅子に腰を下ろした。
――その瞬間だった。
胸の奥に、じわりとした緊張が広がる。
席に座った途端、現実味が一気に押し寄せてくる。
高校以来の、筆記試験。
机の感触。
紙の匂い。
手に持ったペンの、少し軽い重さ。
懐かしい――
けれど、それ以上に不安が勝る。
(……ちゃんと、解けるよな……?)
気づけば、掌にじんわりと汗が滲んでいた。
リアムは、そっとズボンで手を拭い、ペンを握り直す。
周囲からも、小さな衣擦れの音や、息を整える気配が伝わってくる。
誰もが、同じようにこの瞬間を待っていた。
やがて、教室の前方に立った試験官が、静かに口を開いた。
「――それでは」
「始めてください」
その言葉と同時に、
教室全体が、ぴたりと動き出した。
リアムは、深く息を吸い――
視線を、答案用紙へと落とした。
【筆記試験終了後】
筆記試験が終わり、受験者たちは順に教室を後にしていった。
廊下に出ると、張りつめていた空気が一気にほどける。
あちこちから、小さなため息や、緊張の抜けた声が漏れていた。
エレナは、リアムの姿を見つけるなり駆け寄る。
「ど、どうだった?」
その問いに――
リアムは、言葉を返せなかった。
「うっ……うっ……」
喉の奥から、かすれた声が漏れる。
肩が、わずかに落ちていた。
それだけで、答えは十分だった。
「……」
エレナは、一瞬だけ言葉に詰まる。
その横から、シャルロットが自然に一歩前へ出た。
「リアム様は今……」
やわらかな声で、代わりに告げる。
「テストの出来が悪くて、少し落ち込んでいらっしゃるんですわ」
ちらりとリアムを見てから、すぐに続ける。
「ですが、大丈夫ですわ」
微笑みを崩さない。
「筆記が完璧でなくても、実技試験で挽回できますもの」
「十分、可能性はありますわ」
その言葉に、リアムの肩が、ほんの少しだけ持ち上がる。
「そ……そうだよ!!」
少し遅れて、エレナが勢いよく声を上げた。
「大丈夫だから!」
「まだ終わったわけじゃないでしょ!」
ちょうどそのとき――
廊下の前方で、案内役の声が響いた。
「これからの二時限目の試験は、的当てになります」
「受験者の方は、グラウンドまでお集まりください」
周囲が、ざわりと動き出す。
エレナは、リアムの袖を引く。
「ほ……ほら、行くよ!」
リアムは、目元をこすりながら、小さく頷いた。
「ゔん……」
そう返事をして、
三人は次の試験へと向かって歩き出す。
【2時限目的当て】
グラウンドは、石畳ではなく、よく整えられた土の地面。
周囲を囲むように低い観覧席が設けられ、
奥には、一定間隔で並べられた“的”が立っている。
受験者たちは、自然と距離を取りながら並んだ。
先ほどの筆記試験とは違う、張りつめた空気。
武器を扱う者。
魔法を使う者。
それぞれが、静かに準備を整えている。
前方に立った案内人が、軽く咳払いをした。
「続いての試験は、実技試験――的当てです」
一瞬、ざわりと空気が動く。
案内人は、奥に並ぶ的を指し示した。
「この試験では、威力ではなく、制御と精度を評価します」
その言葉に、何人かの受験者が眉をひそめた。
「使用できる魔法は、初級魔法のみです」
「的を破壊した場合は、零点」
「逆に、弱すぎて届かなかった場合も、評価対象外です」
ぴたりと、場が静まる。
「つまり――」
案内人は、淡々と続けた。
「壊さず、正確に当てることが求められます」
「ちなみに、この的は……」
わずかに、意味ありげな間を置く。
「かなり壊れやすくなっています」
どよめきが走った。
受験者たちの視線が、一斉に的に目を向ける。
「特殊な加工が施された試験用の的です」
「一定以上の衝撃を加えると、簡単に砕けます」
案内人は、さらりと言った。
「力任せに撃てば、まず壊れると思ってください」
その言葉に、受験者たちの間に、緊張が走る。
リアムは、的を見つめながら、無意識に息を整えていた。
(……なるほど)
強ければいいわけじゃない。
弱すぎても、意味がない。
(……ちょうど、か)
胸の奥で、何かがすっと定まる感覚があった。
◆
最初に呼ばれた受験者が、一歩前に出た。
「――火よ」
掌に、赤い魔力が集まる。
次の瞬間、火球が撃ち出された。
「ファイアボール!」
一直線に飛んだ火球は――
的に触れた瞬間。
パリン。
乾いた音とともに、的が粉々に砕け散った。
「……あ」
短い声が、どこからか漏れる。
審査員は、淡々と告げた。
「破壊。零点ですね」
受験者は、肩を落として戻っていった。
続く受験者たちも、同じだった。
威力を抑えたつもりでも、
魔法が触れた瞬間に、的はひび割れ、崩れる。
「十五点」
「二十点」
「……次」
高得点は、なかなか出ない。
グラウンドには、重たい空気が漂い始めていた。
やがて――
試験官が、名簿に視線を落とす。
「次、リアム・アーデンウッド」
ざわり、と周囲が反応する。
「……平民?」
「さっきの……」
ひそひそとした声。
その中で、エレナだけが、思い切り叫んだ。
「がんばれー!!」
リアムは、苦笑いしながら一歩前に出る。
(……アルセリオン学院の、難関試験)
頭の奥に、母親の声がよぎった。
――力を出すな。
――揃えろ。
――一発ごとに、同じだけ。
何度も、何度も、叩き込まれた特訓。
(大丈夫……)
リアムは、深く息を吸った。
(……できる)
「――風よ」
掌に、淡い風が集まる。
「ウィンドボール」
放たれた風弾は、鋭く、だが静かだった。
的の中心に――
コツン。
壊れない。
「十点」
次。
「十点」
また次。
「十点」
同じ威力。
同じ軌道。
同じ精度。
観覧席が、静まり返っていく。
一発だけ、わずかにずれた。
「……八点」
それでも、的は壊れない。
最後の一撃が終わり、
審査員が計算を終える。
「合計――九十八点」
一瞬の沈黙。
「……す……すげえ……」
誰かが、呟いた。
シャルロットは、両手を胸の前で合わせ、微笑む。
「さすが、リアム様ですわ」
エレナは、飛び跳ねる。
「リアムすごい!!」
リアムは、少し照れたように頭をかいた。
その後も、試験は続いた。
エレナが前に出る。
「――水よ!」
澄んだ水弾が放たれ、的の中心を捉える。
何発かはわずかに逸れたが、壊れることはない。
「七十九点」
数字が告げられると、周囲がざわついた。
この試験の中では、かなりの高得点だ。
「よ、よし……!」
エレナは胸をなで下ろし、
振り返ってリアムに小さく手を振った。
続いて、シャルロット。
動きは静かで、無駄がない。
水属性の魔法は、終始安定していた。
威力も、軌道も、まったく乱れない。
「九十点」
その結果に、納得したような空気が流れる。
「さすが……」
「やっぱり貴族だな……」
シャルロットは、にこりと微笑むだけで席へ戻った。
そして――
最後に、名が呼ばれる。
「……レオン・ヴァルディス=アークライト」
一瞬で、グラウンドの空気が変わった。
「来たぞ……」
「あれが……」
「デューク家の、長男……」
ひそひそとした声が、波のように広がる。
レオンは無言のまま前へ出る。
表情は変わらない。
歩みも、視線も、すべてが淡々としていた。
立ち止まった、その瞬間。
土属性の魔力が、静かに立ち上る。
背後に――
小さな岩が、十個。
円を描くように、ふわりと浮かび上がった。
次の瞬間。
ダダダダッ。
岩弾が、間を置かずに連続で放たれる。
無駄な動きは一切ない。
狙いは、すべて的の中心。
コツン。
コツン。
コツン。
壊れない。
一つとして、逸れない。
「……十点」
「十点」
「十点」
淡々と読み上げられる声。
最後の一発が終わり、
審査員が静かに告げた。
「百点満点」
――沈黙。
誰も、すぐには声を出せなかった。
「……」
リアムは、思わず呟く。
「こ……こいつ……すげぇ……」
レオンは、結果に一切反応しない。
ただ踵を返し、
そのまま、何も言わずにその場を去った。
ざわめきが収まらない中、
空気を切るように、
案内人が一歩前に出る。
「――それでは」
軽く手を打ち、周囲を見渡す。
「これより、最終試験――模擬戦の会場へ移動します」
「受験者の方は、案内に従って移動してください」
その言葉に、空気がわずかに震えた。
模擬戦。
最後の試験。
リアムは、無意識に拳を握る、胸の奥が、静かに熱を帯びていくのを感じた。
続く
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
今回は試験編ということで、
実力や立ち位置がはっきり見える回になりました。
特に、レオン。
かなり強そうな雰囲気が伝わっていれば嬉しいです。
次回はいよいよ、最終試験――模擬戦が中心になります。
リアムは一体、誰と戦うことになるのか。
そして、どんな戦い方を見せるのか。
ぜひ、続きを楽しみにしていただけたらと思います。




