思いもよらぬ寄り道
今回の話は
王都に着いたので、少しだけ寄り道。
……のはずが、どうやらそう簡単には済まなかったようです。
お楽しみください。
王都アウレリアの城門をくぐった瞬間、二人は思わず足を止めた。
視界の奥――
街の中心に、巨大な城がそびえ立っている。
石造りの白い外壁は太陽の光を受けて輝き、その存在感だけで周囲の建物を小さく見せていた。
城へと続く大通りは幅広く、行き交う人々の数も、今まで訪れたどの街よりも多い。
「……わぁ……」
エレナの口から、思わずそんな声が漏れる。
きょろきょろと落ち着きなく視線を動かし、通りの両側を見回した。
通りには食べ物屋や露店がずらりと並び、香ばしい焼き物の匂いと、甘い料理の香りが混ざり合って漂ってくる。
商人たちの呼び込みの声、冒険者同士の賑やかな笑い声。
王都全体が、生き物のようにざわめいていた。
「でか!!」
リアムは城を見上げたまま、素直な感想を口にする。
目を輝かせ、その圧倒的な規模に完全にテンションが上がっている様子だった。
二人とも、ここが“王都”なのだと、肌で実感していた。
目的地へ向かうには、まだ少し時間に余裕がある。
エレナは一度立ち止まり、期待に満ちた表情でリアムを見た。
「ねえ。時間あるし、ちょっと寄り道しようよ」
「せっかく王都に来たんだし、少し見て回りたいなって」
リアムは一瞬だけ迷うように視線を逸らし――
もう一度、賑やかな通りと城を見上げた。
「……まあ、いいか」
「このまま直行するのも、もったいないしな」
そう言って肩をすくめる。
「よし、寄り道決定」
二人は顔を見合わせ、王都アウレリアの喧騒の中へと足を踏み出した。
王都の露店通りは、さらに人で溢れていた。
香ばしい匂いに誘われるように、二人は足を止める。
石窯の前で次々と焼き上げられるパンは、表面がこんがりと色づき、見るからに食欲をそそった。
「これ、絶対おいしいやつだよね」
エレナは迷いなくそう言って、二人分のパンを受け取る。
まだ湯気の立つそれを、待ちきれない様子で一口かじった。
「……っ!」
目を見開き、次の瞬間には満面の笑み。
「おいしい……!」
頬張る姿は、どう見ても幸せそうだった。
リアムはその様子を横目に見て、ため息混じりに言う。
「そんなに食べてたら、動けなくなるぞ」
「実技もあるんだからさ」
だがエレナは、口いっぱいにパンを詰め込んだまま、気にも留めない。
「だいじょぶ、だいじょぶ!」
もごもごとした声でそう返し、再び嬉しそうに噛みしめる。
「……本当かよ」
リアムは半信半疑のまま、視線を通りの先へと流した。
そのときだった。
賑やかな露店通りから少し外れた、誰も通らないような細い路地。
そこに――明らかに場違いな服装の少女がいた。
上品なドレス。
王都でもそう簡単には見ない、育ちの良さが一目で分かる佇まい。
その周囲を、複数の男が囲んでいる。
距離が近すぎる。
笑ってはいるが、目が笑っていない。
空気が、明らかにおかしかった。
リアムは、一瞬で状況を察した。
先ほどまでの緩んだ表情が消え、目の色が変わる。
「……エレナ、ごめん。ちょっと待ってて」
低く、短くそう言い残す。
「ちょ!? リアム?」
エレナが声を上げたときには、もう遅かった。
リアムはすでに踵を返し、路地の奥――
少女のいる方へと走り出していた。
露店通りの喧騒から外れた、暗く狭い路地。
日差しは届かず、湿った石壁に囲まれた空間には、重たい空気が溜まっていた。
そこにいたのは――三人の男と、一人の少女。
少女は派手な色合いのドレスに身を包み、王都でも目を引く装いをしている。
場違いなほど華やかで、その存在自体がこの路地では異質だった。
男たちは三人とも、粗末だが動きやすそうな服装。
目つきは鋭く、完全に“獲物を見る目”だった。
「……こいつがターゲットだな」
先頭に立つ男が、低い声でそう言う。
「だな。とっとと捕まえちまうか」
別の男が、面倒くさそうに肩を鳴らす。
「おう。無駄に騒がれる前にな」
三人はじわじわと距離を詰める。
少女は一歩引き、警戒するように彼らを睨んだ。
「……あなたたち、何者なの?」
はっきりとした声だった。
「私はこのあと用があるんですの。邪魔をするなら、退いてもらえませんこと?」
その態度に、男たちは顔を見合わせ――
次の瞬間、先頭の男が口角を歪めた。
「すまねぇなぁ、お嬢さん」
どこか芝居がかった口調で言う。
「俺たちはよぉ、お前さんを捕まえねぇといけないんでさぁ」
そう言うが早いか、男は少女の腕を掴んだ。
「――っ!?」
「や……やめなさい!」
少女は驚きながらも、すぐに腕を振り払おうとする。
だが――動かない。
「っ……!?」
力を込めても、びくともしなかった。
「おっと」
男は少し意外そうに目を細め、さらに力を強める。
「大人しくしてくれよ。暴れられると、こっちも手荒になるからなぁ」
「くっ……!」
少女は歯を食いしばり、必死に抵抗する。
だが相手は明らかに慣れていた。
――逃げられない。
一瞬の沈黙のあと、少女は覚悟を決めたように息を整える。
「……かくなる上は」
その瞳に、強い光が宿る。
「――戦うしか……」
言葉が、最後まで紡がれる前だった。
「女の子に寄ってたかって悪さするなんて、見過ごせないな」
落ち着いた、どこか呆れた声が、路地の奥から飛んでくる。
男たちは一斉に振り向いた。
「……なんだぁ?」
不機嫌そうに声を上げたのは、後ろにいた男だった。
三人の視線の先――
そこに、少年が立っている。
王都では見慣れない簡素な服装。
だが、その立ち姿には無駄な力みがなく、妙な落ち着きがあった。
リアムだった。
「誰だてめぇ」
男がそう吐き捨てた、その瞬間。
――ふっと。
何かが抜け落ちるような、感覚。
次の瞬間、男の手から、少女の腕が離れていた。
「……?」
男たちは、何が起きたのか理解できない。
掴んでいたはずの腕が、そこにない。
力を込めていたはずの指先が、空を掴んでいる。
「な、何だ今の……?」
誰かが呟く。
少女もまた、呆然と自分の手を見下ろした。
さっきまで、確かに掴まれていたはずの腕。
そこには、何の違和感も残っていない。
「……えっ?」
驚きで、言葉が出なかった。
「お前、何しやがった!」
状況を理解できないまま、男は逆上した。
怒声を上げ、拳を振り上げてリアムに突っ込んでくる。
その瞬間――
リアムは男から視線を外さないまま、声だけを後ろに向けた。
「……ちょっと、下がってて」
落ち着いた、低い声だった。
「……え?」
お嬢様は一瞬きょとんとしたが、すぐに我に返る。
なぜか頬が熱くなり、言われた通り一歩、後ろへ下がった。
次の瞬間。
悪者Aの拳が、リアムの顔面へ迫る――
だが。
ぱしり、と乾いた音がした。
リアムは片手で、軽々とその拳を受け止めていた。
「なっ――」
驚愕が男の顔に浮かんだ、その刹那。
リアムは間を置かず、もう一方の拳を――
腹部へ、正確に叩き込む。
「――っ!!」
声にならない息が漏れ、男の身体がくの字に折れる。
次の瞬間、そのまま地面に崩れ落ち――動かなくなった。
気絶していた。
「……っ!」
残った二人が、目を見開く。
「こ……こいつ……!」
言葉を交わす暇もなく、二人同時に殴りかかった。
だがリアムは、慌てない。
一歩。
半歩。
わずかな動きで拳をかわし――
反撃。
無駄のない動作で、一人ずつ確実に拳を叩き込む。
鈍い音が、立て続けに路地に響いた。
悪者B、Cは抵抗する間もなく、その場に崩れ落ちる。
二人とも、完全に意識を失っていた。
しばしの静寂。
リアムは軽く息を吐き、肩の力を抜く。
「……ふう。終わったな」
そう呟いてから振り返り、少女の方を見る。
「君、大丈夫?」
自然な仕草で、手を差し出した。
その瞬間だった。
――トクン。
胸の奥が、小さく跳ねる。
お嬢様は一瞬、言葉を失ったままその手を見つめる。
助けられたからではない。
その表情でも、動きでもない。
当たり前のように、対等に手を差し出されたこと。
それが、初めてだった。
「……」
ゆっくりと顔が赤くなっていく。
「今まで……」
かすかに震える声で、そう呟いたあと――
彼女は顔を上げ、はっきりと言った。
「今まで、わたくしにそのような振る舞いをされる殿方、いませんでしたわ……」
そして、突然。
「決めましたわ!!」
路地に響くほどの大声。
「えっ!?」
リアムが思わず目を見開く。
お嬢様は一歩踏み出し、びしっと指を差した。
「あなた!」
一拍置いて、満面の笑み。
「――わたくしと、婚約しませんこと!?」
「えぇ!?」
リアムの声が裏返る。
――こうして、王都アウレリアでの寄り道は、思いもよらぬ方向へ転がり始めた。
続く
最後までお読みいただきありがとうございます。
一目惚れからの即・婚約宣言――
冷静に考えると、とんでもない発想で、自分で書いてて、そうきたかと思ってしまいました(笑)
さて、突然現れたこのお嬢様、いったい何者なのか。
そしてリアムとエレナは、無事に試験会場へ辿り着けるのか。
次回、いよいよ試験編が始まります。
お楽しみに。




