光の刃、草原を裂く
今回は、リアムとエレナが初めて本格的に連携して戦う回です。
草原での戦いと、その先に待つ王都への道を描きました。
ぜひ楽しんでいただければ嬉しいです。
草原の道に、張りつめた静寂が落ちた。
馬車の後方で、御者のおじさんが固唾を呑んで見守っている。
手綱を握る指は白くなり、視線は二人の背中から離れなかった。
その前に、リアムとエレナが並んで立つ。
リアムは一歩前に出ると、腰の剣を抜いた。
朝日に照らされた刃が、静かに光を反射する。
呼吸を整え、剣を正面に構える。
無駄な力は入っていない。
それでも、足元の大地を踏みしめる感覚は確かだった。
その背後で、エレナが一歩下がる。
武器は持っていない。
だが、両足を肩幅に開き、両手を胸の前に構えたその姿勢は、明らかに“戦う者”のものだった。
視線はリアムの背中ではなく、その先――魔物だけを捉えている。
草原の先。
街道を塞ぐように、熊型の魔物――ヘルベアが立ちはだかっていた。
黒褐色の体毛が風に揺れ、巨体がゆっくりと身じろぎする。
鼻先から吐き出される息は荒く、低い唸り声が腹の底に響いた。
一歩、踏み出す。
それだけで地面が震え、乾いた土が跳ねる。
鎌のような前脚の爪が、陽光を鈍く弾いた。
リアムは剣を握る手に、わずかに力を込める。
背後にいるエレナの気配を感じながら、視線は逸らさない。
「――来るぞ!」
リアムの声が、草原に鋭く走った。
その瞬間だった。
ヘルベアが、地面を蹴り砕くように踏み込む。
巨体とは思えない速度で、一直線に距離を詰めてくる。
四メートルの肉塊が突進する衝撃で、大地が悲鳴を上げた。
ドン、ドン、と重い足音。
土と草が弾き飛ばされ、風圧が正面から叩きつけられる。
「――エレナ!」
リアムの声に、エレナが即座に反応した。
踏み込むヘルベアの前脚、その足元へ――
「《アイスバインド》!」
澄んだ声と同時に、地面が白く染まる。
霜が一気に広がり、氷が魔物の脚を包み込んだ。
次の一歩を踏み出そうとした瞬間、ヘルベアの巨体がわずかに傾く。
「グルォォ……!」
低く、苛立った唸り声。
突進の勢いは削がれ、氷に絡め取られた脚が鈍く軋む。
力任せに振りほどこうとするが、凍結は確かに効いていた。
その様子を見て、リアムが思わず笑う。
「ナイス、エレナ!」
リアムがそう言った瞬間。
エレナは一歩踏み込み、リアムの背に向かって手をかざした。
「――《フレイムブースト》!」
熱が、空気を震わせた。
赤い光が一瞬だけ弾け、リアムの身体を包み込む。
血が燃えるように巡り、筋肉が強く脈打つのを感じた。
「っ……!」
リアムは地面を蹴る。
《ウィンドステップ》。
足元に風が巻き起こり、身体が一気に前へ引き出される。
風の加速に、火の爆発力が重なる。
視界が流れ、距離が消える。
「――はぁっ!」
リアムはヘルベアの懐へ飛び込み、剣を振るった。
一太刀。
二太刀。
三太刀。
風に乗せた連続の斬撃が、黒褐色の体毛を切り裂く。
「グルォォォ……!!」
ヘルベアが苦悶の唸り声を上げる。
確かに効いている。
血が飛び、肉が裂けた感触もある。
だが――
「……くっ」
リアムが距離を取り、歯を食いしばる。
「流石に……硬いか……!」
剣先に残る手応えは、浅い。
致命傷には、届いていない。
その様子を、馬車の上から見ていた御者のおじさんが、震える声で呟いた。
「……す、すごい……」
信じられないものを見るように、目を見開いたまま――
その光景から、目を離せずにいた。
次の瞬間。
ヘルベアの視線が、リアムを捉えた。
唸り声と同時に、巨大な前脚が振り上げられる。
鎌のような爪が、空気を裂いて迫った。
「――っ!」
リアムは反射的に地面を蹴る。
《ウィンドステップ》の勢いのまま、体を横へ投げ出す。
だが速度が出すぎていた。
スザァッ——!
草原の地面を削りながら、足が滑る。
ブレーキをかけたつもりが、慣性が身体を引きずった。
その刹那。
ズンッ!!
巨大な爪が、リアムのいた位置を叩き潰す。
地面がえぐれ、土と草が爆発するように舞い上がった。
「……っ!」
リアムの肩を、鋭い衝撃が掠める。
外套が裂け、熱い感覚が走った。
一瞬遅れて、血がにじむ。
「チッ……!」
「リアム!!」
エレナの声が、張り詰めた空気を切り裂いた。
不安と焦りが、その一声に滲んでいる。
リアムは歯を食いしばりながら、ちらりと振り返る。
「大丈夫だ!」
短く、はっきりと言い切る。
「これくらい……平気!」
リアムは体勢を立て直す。
――今のは、危なかった。
ほんの一瞬でも遅れていれば。
今頃、地面ごと叩き潰されていたはずだ。
ヘルベアは低く唸り、再び前脚を踏みしめる。
次は、外さないと言わんばかりに。
「……スピードだけじゃ、足りないな」
リアムは小さく息を吐き、剣を構え直した。
「――とっておきを使うか」
その言葉と同時に、剣の周囲に変化が起きる。
白い光が、粒子のように集まり始めた。
剣身を中心に、眩い輝きが渦を巻くように凝縮されていく。
熱を帯びた光が空気を歪め、微かな唸り音を立てた。
「……なに、あれ……」
エレナは思わず息を呑む。
これまで見たことのない魔力。
美しく、そして――危険な光。
一瞬、見惚れてしまった、その刹那。
「グルォォォッ!!」
ヘルベアが咆哮を上げ、リアムへと突進する。
巨大な前脚が振り上げられ、今度こそ叩き潰す勢いで迫った。
「――っ!」
エレナははっと我に返る。
迷っている暇はない。
「《フレイムショット》!」
掌から、火球が連続して放たれる。
小さく圧縮された炎が、一直線に飛び――
ドン、ドン、ドンッ!
ヘルベアの顔面や肩口に次々と着弾する。
「グォッ……!」
魔物が一瞬、動きを鈍らせる。
完全なダメージではない。
だが、確実に意識を逸らした。
その隙を、リアムは逃さない。
集束した光が、限界まで膨れ上がる。
剣が、白熱した太陽のように輝いた。
「――いくぞ」
リアムは地面を蹴り、ヘルベアへと踏み込む。
白熱した光を纏った剣が、一直線に振り抜かれる。
**《ルミナスブレイズ》**
眩い閃光が走り、次の瞬間――
ヘルベアの腹部に、一本の光の線が刻まれた。
遅れて、**ズン……**と鈍い音。
巨体が、その場で止まる。
「グ……ォ……」
短い呻き声を残し、
ヘルベアの身体が、静かに――真っ二つに裂けた。
切断面は焼き切られ、血はほとんど噴き出さない。
高熱の光が、命そのものを断ち切っていた。
ドサッ――。
草原に、巨体が倒れ伏す。
しばらく、風の音だけが流れた。
「……はぁ……はぁ……」
リアムは剣を下ろし、肩で息をする。
そして――
「……やった……!」
思わず、声が弾けた。
そのまま振り返り、エレナの方へ駆け寄る。
「エレナ! やったぞ!」
「う、うん……!」
エレナも、少し遅れて我に返り、笑顔になる。
二人は顔を見合わせ――
パンッ!
乾いた音とともに、勢いよくハイタッチを交わした。
「すごかったよ、リアム!」
「エレナの援護があったからだよ!」
少し息を切らしながら、二人は笑い合う。
その様子を、馬車の上から見ていた御者のおじさんは、しばらく呆然としていたが――
やがて、ふっと力の抜けた笑いを漏らした。
「……ははっ……」
頭をかきながら、感心したように呟く。
「こりゃあ……この子たち……
将来、とんでもない大物になるな……」
驚きと安堵と、少しの可笑しさを滲ませながら――
御者のおじさんは、倒れた魔物と、笑う二人を交互に見つめていた。
◆
それから数時間かけて、俺たちは王都アウレリアに到着した。
高くそびえる城壁。
無数の屋根が連なり、行き交う人々のざわめきが、遠くからでもはっきりと分かる。
馬車が街道を抜け、王都の門をくぐった瞬間、空気が変わった。
村とは比べものにならない人の数、匂い、音。
世界が、一気に広がった気がした。
やがて馬車は、王都の停留所で静かに止まる。
「……着いたな」
御者のおじさんがそう言って、手綱を緩めた。
リアムは馬車から降り、少し迷ってから口を開く。
「……本当に、いいんですか?」
おじさんは一瞬きょとんとした顔をしてから、ふっと笑った。
「いいんだよ」
そう言って、肩をすくめる。
「君たちは命の恩人だ。
あのままだったら、俺は今ここにいなかった」
リアムは思わず視線を落とした。
「……でも……」
「だからだ」
おじさんはきっぱりと言った。
「今回の代金は、いらない。
気にするな」
しばらく沈黙してから、リアムは小さく頭を下げる。
「……すみません。ありがとうございます」
その様子を見て、おじさんは満足そうに頷いた。
「それに――」
少しだけ冗談めかした声で、続ける。
「もし君たちが、将来冒険者にでもなったらさ。
その時は、ぜひ依頼させてくれ」
エレナが驚いたように目を見開き、リアムも思わず顔を上げる。
「……はい」
リアムは、はっきりと答えた。
「その時は、ぜひ」
「ははっ、楽しみにしてるよ」
おじさんはそう言って、馬車に戻る。
手綱を引き、ゆっくりと走り出す馬車を、二人は並んで見送った。
やがて馬車の姿が人混みに紛れて見えなくなる。
目の前には、王都アウレリア。
――ここから、すべてが始まる。
リアムは小さく息を吸い、前を見据えた。
「……行こう、エレナ」
「うん」
二人は並んで、王都の中へと歩き出した。
続く
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
草原での戦いを経て、リアムとエレナはついに王都へ辿り着きました。
次回からは舞台を王都に移し、新たな出来事が動き出します。
引き続き、見守っていただけると嬉しいです。




