旅立ちの朝
本日からアルセリオン学院編に突入しました。
この章でヴェインとして一つ深みに入っていくと思います。
それでは本編はどうぞ!
柔らかな日差しが家々の屋根を照らし、少し暖かい風が草の匂いを運んでくる。
遠くで家畜の鳴き声がして、誰かが桶を置く音がした。
変わらない朝。変わらない村。
リアムは、自分の家の入口に立っていた。
「……試験の間だけど、やっぱり寂しくなるわね」
リーナが、そう言って小さく息をつく。
「風邪はひかないようにね。外套、ちゃんと着てる?
試験場は場所、分かってる? お金は――ちゃんと持った?」
矢継ぎ早に言いながら、荷物をもう一度確かめるように見下ろす。
「大丈夫だよ」
リアムは笑った。
「何回も確認したでしょ。全部ある」
「……そうね」
リーナはそう言って、少しだけ視線を落とす。
その横で、ガイアスが腕を組んだまま言った。
「行ってこい」
短く、それだけ。
リアムは深く頷き、外へ一歩踏み出した。
◆
村の道を歩く。
見慣れた柵、見慣れた家、見慣れた景色。
それでも、どこか少しだけ距離ができたように感じた、その時。
「リアムー!」
後ろから、息の切れた声が聞こえた。
振り返ると、テオが走ってくる。
あの頃より背が伸び、腕や肩にははっきりと筋肉がついている。
まだ十二歳だが、体つきは確実に変わっていた。
「もう行くのか?」
肩で息をしながら、テオが聞く。
「ああ」
リアムは短く答える。
「……そっか」
一瞬だけ間を置いて、テオは歯を見せて笑った。
「帰ってきたら手合わせだ。
今度は、負けねえからな」
「いいよ」
リアムも笑って言った。
「やろう」
二人は約束の握手をし、別れた。
村外れの馬車の停留所は、朝の光を浴びて静かだった。
街道沿いにぽつんと置かれた木製の屋根と、長椅子が一つ。
草原を渡る風が、乾いた音を立てて通り抜けていく。
リアムはそこで、馬車を待っていた。
「……あ」
背後から、聞き慣れた声がする。
振り返ると、エレナが小走りで近づいてきていた。
「リアムだ。早いね」
ロングの金髪は変わらず、右側には小さな羽の髪飾り。
それでも、十二歳になったせいか、以前より少しだけ大人びた雰囲気がある。
「エレナも早かったんだな」
「うん!」
エレナは笑って頷いた。
「昨日さ、緊張して全然眠れなかったんだよ。
目閉じるたびに、試験で落ちる夢見ちゃって」
「……俺も」
リアムが言うと、エレナは吹き出した。
「リアムもなんだ!」
二人で顔を見合わせて、くすっと笑う。
しばらく話していると、街道の向こうから車輪の音が聞こえてきた。
木製の馬車が、ゆっくりと停留所に近づいてくる。
「来たね」
二人は並んで馬車に乗り込んだ。
車輪がきしむ音を立て、馬車はゆっくりと街道へ出る。
草原を渡る風が、開けた荷台に流れ込み、乾いた土と草の匂いを運んできた。
遠くまで続く緩やかな起伏と、朝日に揺れる草の海。
馬の蹄が地面を叩くたび、一定のリズムが身体に伝わってくる。
ひげを生やした御者のおじさんがにやりと笑って。
「お二人さん、仲良さそうだねぇ。
恋人同士かい?」
「えっ!?」
エレナが一瞬で顔を赤くする。
「ち、ちがっ……!」
その横で、リアムが一瞬だけ考えてから言った。
「はい、そうです!」
「ちょっと!? リアム!?」
おじさんは大声で笑った。
「ははは! 若いねぇ!」
エレナは慌ててリアムの腕を叩く。
「な、何言ってるの!?」
「冗談だよ、冗談」
リアムは肩をすくめる。
「俺たち、アルセリオン学院の試験を受けに行くんです」
「おぉ!」
おじさんは目を丸くした。
「そりゃすごい! 若いのに立派だな。
頑張れよ!」
「「はい!」」
二人の声が重なった、その瞬間。
ガクン、と馬車が急に止まった。
「わっ!?」
勢いで、二人の体が前に投げ出される。
「うわっ——」
リアムは反射的に手を伸ばし、エレナを支えようとして――
「……あ」
気づいた時には、エレナの胸に手が当たっていた。
一瞬の沈黙。
次の瞬間。
パァン!
「いった!!」
乾いた音とともに、リアムの頬が弾ける。
「なに触ってんのよ!!」
エレナは顔を真っ赤にして胸を押さえ、涙目で叫んだ。
「ち、違っ……不可抗力だって!」
「リアムのバカ……」
エレナはそっぽを向いたまま、怒った声を残した。
次の瞬間、馬車の中が妙に静かなことに、リアムは気づいた。
「……あれ?」
御者席を見る。
「おじさん、どうしたんですか?」
手綱を握る御者のおじさんは、街道の先を見据えたまま固まっていた。
肩がこわばり、指先が震えている。
「……ヘルベアだ……」
御者のおじさんが、喉を引きつらせて呟いた。
草原に延びる街道の先に、それはいた。
全身を黒褐色の剛毛に覆われた、巨大な熊型の魔物。
体長はおよそ四メートル。
地面を踏みしめるたび、低い振動が伝わってくる。
盛り上がった筋肉は鎧のようで、前脚の爪は鎌のように長く鋭い。
あの一撃を受ければ、太い樹木ですら一撃でへし折られるだろう。
リアムは低く声をかけた。
「エレナ。補助、できるか?」
エレナの表情が一瞬で引き締まる。
「……ええ!」
リアムは頷くと、御者のおじさんを見て
「おじさんは安全なところへ!」
「ちょ、ちょっと君たち――!?」
御者のおじさんが慌てて声を上げるが、リアムとエレナはもう馬車から飛び降りていた。
「大丈夫!」
振り返り、はっきりと言う。
「俺たちに任せてください!」
リアムとエレナは、おじさんの方を見た。
リアムは前を見据えたまま、エレナにだけ視線を送った。
エレナが頷き、リアムもそれに応えた。
続く
今回はリアムとエレナの旅立ちの回でした。
二人のやり取りや、少しだけ変わった関係性を感じてもらえたら嬉しいです。
次回は試験の回となってます。
果たしてリアムとエレナは合格することができるのか……
お楽しみに




