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護衛の取り押さえた男たちが連行され、その場にはエレオノールと女性の護衛が一人残った。
あれこれと迅速に指示を出していたエレオノールはようやくわたし達に向き直ると、ひとこと。
「貴女達は学園に戻りなさい」
きっぱりと言い放つ。
「嫌です!」
それは反論もできないくらいもっともな言葉だ。
しかしわたしはエレオノールの言葉を反射的に遮っていた。
彼女の蒼い瞳がわずかに細くなる。
「……理由を伺っても?」
「わたしならルナ様を助け出せます!」
自分の声が震えているのがわかる。
「ノネット様……」
アメリアの声音は不安と慰めが半々で、胸に刺さった。
言外に「悔しいが、私たちにできることはない」と語っているようだった。
「そう思われる根拠は?」
エレオノールは淡々と問う。
今からわたしが言おうとしていることは滅茶苦茶だ。
何か確証があるわけでもない。
それでも、ひとつ希望はあった。
それは”エレオノールがわたし達の前に現れてくれた”ことである。
全てのシナリオから逸脱しているわけではない――それが分かっただけでも充分、動く価値はある。
「……ルナ様がどこに連れて行かれたのか、わかります」
そう告げた瞬間、空気が凍った。案の定、エレオノールの護衛たちが鋭い目を向けてくる。
当たり前だ。わかるなんて、普通は言えるはずがない。
「殿下、この娘の言うことは極めて不自然です。やはりあの賊らと何かしらの関与があるのではありませんか?」
エレオノールは手を軽くあげて護衛の言葉を制する。
「まあ、お待ちなさい。最後まで言い分を聞いて判断しても遅くはないでしょう」
エレオノールの性格を見越して……なんて言えるほど、今の私に余裕はない。
それでも、彼女ならきっとにべもない態度をとりはしないだろう、そういう信頼は確かにあった。
「――はっ。失礼いたしました」
「続けて」
「わたし、結構この街には詳しいんです」
「それと、卿が連れていかれた場所に何の関係があるというの?」
「……『藍染と麦殻』……です」
それはゲームの”選択肢”のひとつ。
脈絡のないワードにも、エレオノールは動じない。ただ観察するように、じっとわたしの目を見据える。
落ち着け、わたし。絶対にボロは出せない。
アメリアが不安げに手を握る。わたしは勇気を乞うように、それを握り返した。
「この街の東区画には染工場がありますよね」
「そうね」
「人さらいが何かしやすい場所って、そう多くはないと思います。……それこそ、スラム街とか」
『青空』の特徴のひとつは割と容赦なくバッドエンドをぶっ込んでくるところだ。プロローグは流石にチュートリアル的な位置づけなのか、誤った選択肢を選んでも周囲が正しい方向に誘導してくれたり、ご都合展開でなんとかなるのだけど……。
本来のシナリオなら、ノネットはスラム街にある染工場の倉庫に監禁されている。
「ルナ様を攫った男の手の爪が藍色に染まっていました。あれは普段、藍染をやっている人の手です」
「……」
「それに、服の裾に麦殻がついていました。工場のすぐ近くに製粉所もあります」
「わかったわ。けれど、その情報だけでも十分よ。後はわたくし達が、」
「ルナ様は、わたしのせいで攫われたんです! だから……わたしに責任があります。ここで帰ったら一生後悔します!」
わたしは声を張り上げた。
震えていたけれど、逃げるわけにはいかなかった。
「お役に立ちます……どうか……どうかお願いします……」
息が詰まりそうな沈黙。
そのあと――エレオノールは、ゆっくりと息を吐いた。
「……あなたは本当に、不思議な方ですね。嘘をついているのか、本気なのか、掴みどころがありません」
エレオノールはもう一度わたしの顔を見る。
探るような、測るような……それでいて、どこか優しい眼差し。
「……いいでしょう。同行を許可します」
「えっ!?」
アメリアが驚きの声を上げた。
「ただし」
エレオノールの声が真剣に戻る。
「私の指示には絶対に従うこと。そして、あなたの“知識の出どころ”――後で必ず聞かせていただきますわ」
「……はい」
心臓がどくんと跳ねた。
逃れられない問い。でも、今はそれより――ルナを、取り戻さなきゃ。
「急ぎましょう。モントルヴァル卿のもとへ」




