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ルナが攫われて行ったあの瞬間の衝撃が、まだ胸の奥に残っている。
けれど街は何事もなかったように喧騒を続けていた。
「……ルナ様……」
アメリアがか細く名前を呟いた。
すぐ隣には、わたし達をつけ回していた男たちが立っていた。粗末な服に、乱暴な歩き方。近づくものがいれば睨みつけて追い払うような、ガラの悪さ。
けれど決して刃物を見せるわけでも、声を荒げるわけでもない。
ルナを連れて行ったあの男の言っていた監視だろう。
「お嬢ちゃんたち、大変だったな」
そう言って、にこやかに笑う。
表面だけは気のいいオヤジのような顔をして、その実、わたし達が動こうとする素振りを見せればすぐにそれを制するように立ち塞がってくる。
「ノネット様……どうしましょう……」
アメリアの声は震えていた。
落ち込む彼女に何か言わなくてはと思いつつも、掛ける言葉のひとつも出てこない。……わたしも、どうしていいかわからない。
「……」
ルナはきっと、エレオノールの正体も察して敢えて自分が捕まる選択をとったのだろう。
本来、あの役割はノネットの……わたしの役回りだというのに。
――わたしの行動がシナリオの流れを変えてしまったのだろうか?
わたしが捕まっていれば、物語の流れで何をせずとも全てはうまくいっていたのだ。
「あ? なんだお前?」
既に今はシナリオから外れた展開を走っている。下手な行動は、最悪のバッドエンドを引き起こす可能性だってある。
「……おい、聞いてんのか? 失せろ!」
これ以上……。
これ以上、わたしは何か行動を起こしていいのだろうか?
「がぁああああああ! な、何しやがるてめぇ!?」
唐突に上がった男の悲痛な叫びに、わたしは現実へと引き戻される。
わたしが状況を理解するよりも早く、続いて二人目、三人目と男たちが次々と地面に沈められていった。
「殿下のご下命により貴女達ふたりを保護します」
気付けば先程のフードの少女……エレオノールがそこに立っていた。
「お二人とも、ご無事で何よりです」
市場の夕陽を背に、エレオノールがゆっくりと歩み出た。
金糸のような髪。
揺るがない蒼い瞳。
「エレナ!」
思わず、その名が口をついて出た。
「やはり、わたくしをご存知なのですね」
しまった。
そう思って口をつむぐも、エレオノールは特に驚いた様子もなくそう言った。
「ひとまず、そのことは置いておきましょう。それより、モントルヴァル卿が攫われたと聞きました。――疑っていたことにまずは謝罪を」
その声音は静かだった。
けれど、奥底に燃える怒りと焦燥があった。
「安心なさい。わたくしが必ず貴女達を守り、モントルヴァル卿を助け出して見せます」
市場の喧騒の中で、その言葉だけが鮮やかに響いた。




