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わたしを攻略するなんて聞いてないんですけど!?  作者: 藤乃意
一章(転生、わたしがヒロインですか!?)
6/12

5

 人生の幸福の総量は決まってる、なんて話を聞いたことがある。それが本当ならわたし、今日で死ぬのか?

 ルナとアメリアとのお出掛けはそれはそれはもう楽しい時間であった。

 ルナおすすめのお店で昼食を摂り、茶館でおしゃべりをして、学業に必要なものはないかと文具店や書店を巡り、夕方に差し掛かったところで市場へとやってきた。

 市場はまるで祭りのような喧騒に包まれていた。道の両側には色とりどりの布を広げた露店が並び、果物や香辛料、アクセサリーに至るまで、あらゆる品が所狭しと並んでいる。

 人々の声が重なり合い、どこかで弦楽器の音が鳴っていた。


「ノネット様」

「なんでしょうか?」

「人が多いですね」

「? 多いですね」

「油断するとはぐれてしまいそうです」

「は、はあ」


 わたしが生返事をした瞬間、アメリアがもう一歩距離を詰めてきた。


「ぎゅっ」


 小動物のような声とともに、そっとわたしの手を取り指を絡めてきた。完全に不意打ちだ。

 真顔で何をするのかこの聖女様は!


「なるほど。一理ある」


 そして追撃するように反対側からルナがわたしの手を取ってきた。


「ルナ様までぇ!? ……て、うわっ!」


 そんな怒涛の展開についていけず、舞い上がったわたしは足元がふわついてバランスを崩してしまう。

 視界の端には人影が映る。が、超人的な身体能力を有する訳でもないわたしに避ける術はない。


「きゃっ!」


 ぶつかった相手の小さな悲鳴が聞こえた瞬間、誰よりも早く動いたのはルナだった。

 

「いけない!」


 彼女の腕がしなやかに伸び、わたしと見知らぬ少女の身体を同時に抱きとめた。

 それは一瞬の出来事だけれど、まるで舞踏会の一場面のように美しく、周囲の喧騒さえ遠のいて見えた。

 ルナがゆっくりと腕をほどくと見知らぬ少女はすぐに姿勢を正すと、静かに礼をした。フードの隙間から覗く金髪が夕陽を反射してさらりと揺れていた。

 そして、彼女が頭を上げたとき、その足元にぱさりと何かが落ちる。


「へ?」

「おや」

「あら」


 それを追うようにわたしたち三人が同時に視線を落とすと、そこにはみっつの徽章が散らばっていた。

 わたし、ルナ、そして目の前の彼女のものであろう。どれも同じ学園の意匠が刻まれたもので、どれが誰のものかすぐには判別できない。


「なるほど。くしくも我々は同門らしい――まずは無作法をお許しください。お怪我はありませんか、Ma chère(麗しの君)」

「ええ。ご心配には及びませんわ、Chevalier(騎士殿)」


 なんだこのかっこいいやり取り。おとぎ話のお姫様と騎士か!?

 ……っていうか、紛れもなくお姫様と騎士だよこれ!!

 お忍びなのか、深めにフードを被っていて顔は見えないけれどわたしには声でわかってしまう。この人……会長じゃん! この国の第三王女様だよ!

 その人は『青空』最後のヒロイン。エレオノール・ルヴェリアン。ひとことで彼女を説明するなら、完全無欠の生徒会長。

 エレオノールという名前は日本人には聞き馴染みが薄い。作中でもエレナという愛称で呼ばれていたこともあり、ファンからはもっぱらそう呼称されている……なんて冷静に語っている場合ではない!

 ヒロインを怪我させるところだったんだぞ、今すぐ一万回詫びろ! わたし!


「ごめんなさい! 本当におケガはされていませんよね!?」

「大丈夫よ、お転婆なお嬢さん。貴女の方こそケガはないかしら?」

「わたしは全然平気です!」

「そう。それは良かったわ……さて、問題はこれね」

「どれが誰のものか……」

「……わからないですね」

「それぞれ手近に落ちていたものではないでしょうか?」

「……身も蓋もない言い方をしてしまうけど、この徽章に学園の人間であることを示す以上の意味はないわ。特別な思い入れでもないのならば、どれを持っていっても構わないと思うけれど、どうかしら?」

「貰ったのも数日前だし、僕は構わないよ。エットはどうだい?」

「わたしも問題、」


 ありません。そう続けようとして、わずかに違和感を覚えた。ふと、何かが引っ掛かる。


「エット?」

「……あ、すいません。わたしも問題ありません」

 

 結局、違和感の正体が何なのか。その答えには辿り着くことができずに、わたしは促されるままそう返したのだった。

 ま。思い出せないということはきっと大したことはないはずだ! うん!


「では、わたくしはこちらを」

「なら僕はこれを」


 わたしの掌の上に並べた徽章を、ルナとエレオノールはそれぞれ自分の近くにあるものからつまみ上げた。

 そして最後に残ったひとつをわたしが襟元に付け直してしまえば、この件はもうおしまいだ。


「……ごめんなさい。訳あって急ぎますの、また機会があれば学園で会いましょう」


 一礼と共にそう言い残し、彼女は私たちが何か言葉を返すよりも早く、踵を返すと人並みの中に紛れていった。


「行ってしまいましたね」


 アメリアがエレオノールの消えていった方向を見て呟く。


「名前を聞きそびれてしまったね。けど、彼女の言うように学園で生活していればまた会うこともあるだろう」


 それにルナが同調し、そして私たちは再び市場を歩き出した。

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