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「あの」
ああああああああ!
「はい」
ああああああああああ!
「腕を組む必要はあるのでしょうか?」
ああああああああああああ!
推しが! わたしの! わたしに! 腕を!
「良いじゃありませんか、仲の良い者同士はこのように歩くと聞き及びましたよ」
「それは普通恋人同士がするものですから!」
「まあ。そうなのですか」
それはもう恋人ってことでいいんですかね? 好きです。幸せにしますね。えへへ。
「どうしてさらに距離を詰めるんですか!?」
「お嫌でしたか?」
「そういうことではなく……」
「いいではありませんか、法や倫理を侵している訳ではないのですから」
「いや、倫理の方はどうでしょうか!」
いや、もう本当に勘弁してください。理性と本音のせめぎ合いがつらいんです。昇天しそうなくらい幸せなんですけど、同じくらい背徳感を感じているんです。
わたしにとってヒロインズは神聖なものというか、わたしが手垢をつけていいわけないだろって思っちゃうわけで。
「お願いします……許してください」
「神もきっとお許しになりますよ」
じゃあいっか……神も祝福してくれてるみたいだし。
ってそんな訳あるか!
「恥ずかしい! 恥ずかしいので!」
「私と歩くのは恥ずかしいですか?」
「違うんです! 恥ずかしいにも色々感情があるっていうか、嫌な感情は全くなくて! 嬉しいんですけど、うれしさ余って挙動不審になっちゃいそうっていうか!」
「ふふっ、嬉しいです。私達は相思相愛ということですね」
「意にも介さない!?」
アメリアってこんなグイグイくる娘だったかな!?
男に対する距離感とはそりゃ別かもしれないけど、美少女がこんな風に好意を向けて来たら誰でも緊張しちゃうよ!
「そういえば! アメリア様は学内に詳しいですか?」
「そうですね……私は皆さんよりひと足早くこちらに来ましたので最低限なら」
アメリアの回答に、おかしな事を聞いてしまったなと反省する。入学時期は彼女と変わらないのだから特別詳しいなんてことはないに決まっている。
ただ、プレイヤーの感覚だと彼女達はずっとこの学園に在籍していたように思えてしまうのだ。
「どうしてひと足早く学園に?」
「礼拝堂の管理をされていた司祭様がご定年で退職されるので、私が管理を引き継ぐことになりました。学園にはチャプレンもいませんし、私は司祭相当の職位を持っていますからね」
あの礼拝堂にそんな設定が。なおのこと尺とかいろんな問題でカットされた説が有力か。
「案内をご希望ですか?」
何気なく出した話題であったが、願ってもないことではある。
私の知る学園の地図はデフォルメされて俯瞰したようなものだから、大まかな位置関係はわかっても正しい道順というのはわからない。文字で描写される情報にしても限度はあるし、何周もプレイしたとはいえそんなに細かいことまでは流石に覚えてはいない。
「そういえば、皆様は今ガイダンスを受けられている時間のはずですが、ノネット様は何故こちらに?」
アメリアこそ、と思ったが彼女は先に学園生活を始めているのだからそういった機会も特別に設けてもらっているのだろう。
ルナを誤魔化したように体調が優れなかったとでも言うか? イヤイヤ、部屋に戻れと諭されるか医務室にでも連れて行かれるかもしれない。何より無駄にアメリアに心配を掛けるのも本意ではない。
「……道に迷ってしまって」
「では講堂にお連れしますわ。こちらです」
アメリアは座っていたベンチから立ち上がり、私の手を引く。が、同時に胃がきゅっと縮む。
ルナ様に会ったらなんて言おう……。
今朝、扉越しにわたしは「体調が悪いのか?」との問いに肯定を示してしまった。完全に嘘だ。元気そのものだ。むしろ元気が溢れて観光モードだ。
でも今こうしてアメリアに連れられて講堂へ向かうということは、普通にルナ様いるよね。
どうしよう。「あれ、もう平気なのかい?」って聞かれたら?
「無理して来た」とか言えばいい? いや、そう言ったらルナは間違いなく抱きかかえる勢いでわたしを医務室に連れて行こうとするだろう。
なら「治りました!」って言う? いや、数十分で劇的に回復するのは不自然だろう。嘘に嘘を重ねるような真似をしたら、ルナを失望させてしまう。
あああああやめてそれは無理。ルナ様にガッカリされたらわたし立ち直れないし、ノネットちゃんが嘘つき呼ばわりされてしまうのも耐えられない。
今さらだけど講堂に向かわずに引き返すっていう選択肢、アリでは? いやでも道に迷ったって言っちゃったから、ここで「やっぱり部屋に帰るね」は不自然すぎる。完全におかしな人だ。情緒不安か。アメリアに変な心配をかけたくないってさっき自分で思ったばかりなのに。
あれ、これもう詰んでるのでは?
神への祈りってこういうときに使うんだろうか、と一瞬だけ真面目に考えてしまった。




