表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
わたしを攻略するなんて聞いてないんですけど!?  作者: 藤乃意
二章(開幕、これが共通√ですか!?)
35/35

幕間∶あるいは、ローズマリーの赤ちゃん

 それはとある日のこと。いつもの生徒会室で。


「今日は礼拝堂の清掃をするんです」


 アメリアが楽しげにそんな話題を振ってきた。


「今日って、もしかしてこの後かい?」


 ルナがそれに反応を示す。

 この後、とは生徒会が終わった後という意味だ。


 アメリアは大きく頷いた。


「はい!」


 時刻は既に18時。

 まだ生徒会の仕事も残っているので、掃除を始められるのは19時を回った頃になるのではないだろうか。


「ひとりで掃除するのか?」


 シリルも同じようなことを思ったのだろう。


 建物はそこまで大きくないとはいえ、ひとりで掃除をするのはいささか手に余るだろう。


「ご心配なく! はたき掃除をするだけで、その後はお祈りをするんです!」

「確かにそれくらいなら大したことはない……か?」

「はい!」


 アメリアはよく生徒会の掃除もしてくれている。

 掃除が好きだ、とも言っていたのでこうも楽しげなのかもしれない。


「よければ、お手伝いしましょうか?」


 何気なく、そう言った瞬間。


「ダメです!」


 アメリアが椅子から立ち上がりながら、バンと机を打った。

 

「アメリアさん」

「す、すいません!」


 無意識だったのだろう。

 エレナがやんわりと制すると、ハッとした表情でわたしたちに向けて頭を下げてくる。


「お気持ちは嬉しいのですが、お掃除は10分くらいでぱぱっと終わらせて、あとはお祈りをするだけなので!」

「そ、そうですか」

「埃が舞って健康に良くないので絶対絶対来ちゃだめですからね! 絶対ですよ!」

「はあ……」


 結局、その場はアメリアの勢いに押される形で話が終わってしまった。

 

 けれど、寮に戻ってからも、あの時のアメリアの焦りようがどうしても頭から離れない。


「……やっぱり、少し様子を見てこようかな」

 

 一度気になりだすと、じっとしていられなかった。

 

 時刻は20時を回ったところ。

 夜の静寂が支配し始めた寮を抜け出し、わたしは校舎の裏手にひっそりと佇む礼拝堂へと向かった。

 

 礼拝堂の重厚な扉の前に立つと、隙間から微かな光が漏れているのが見えた。

 

 もしかして、もうお祈りを始めていただろうか。

 

 だったら邪魔しちゃいけないと思い、わたしは息を潜め、音を立てないようにゆっくりと扉を押し開けた。


「……?」

  

 何十本もの蝋燭がゆらゆらと怪しげに影を落とす中、静かに祈りを捧げるアメリアの姿は、まさに聖女然としていて、息を呑むほどに美しかった。


 ただ静かに、敬虔な祈りを捧げるその姿は、名画のような完成された美しさを纏っている。


 そう。


 きっと、それは何一つ不自然なところなどない、正しいお祈りの光景だ。


 ――祭壇の中心に、“ノネットに似た人形”が安置されているという一点を除いては。


「……???」

 

 アメリアは変わらず、ただじっと、手を組み瞳を閉じて祈っていた。


 ん? あれは、この前捨てたペン……?

 

 よくよく見ると、その周囲には、わたしが使い古して廃棄したペンやハンカチなどが、まるで聖遺物のように整然と並べられていた。

 

 やがてアメリアはゆっくりと目を開けると、壊れ物を扱うような手つきで、人形の額にそっと自分の額を重ねた。

 そして、そのまま深く、深く――押し潰すような力強さで、人形を自らの胸の中へとかき抱いた。

 

 その背中が、歓喜に震えているのがわかる。

 愛おしくてたまらないというように、人形に頬をすり寄せ、陶酔しきった表情で吐息を漏らすアメリア。

 

 本当に無意識に、わたしは一歩後ずさっていた。

 手に掛けていた扉のノブが指から離れ、蝶番がギィ……と軋みを上げる。

 

 その瞬間、アメリアの動きがピタリと止まる。

 

「……」


 彼女は恐ろしい速度でわたしの方を振り向く。


 感情の消え失せた目に捉えられると、わたしの体はまるで石化したように硬直した。


 え!? こっっっっっっっっっっっわ!? なに!? メデューサ!?

 

「……あれほどダメだと言ったのに、来てしまったんですね」


 そう言うと、今度はひどく穏やかな微笑みを浮かべた。


 しかし、目は笑っていなかった。

 その絶対零度の瞳からは感情の一切が読み取れない。


「ふふっ」


 アメリアは笑い声を漏らすと、素早く懐からハンカチを取り出した。

 そして、それに怪しげな小瓶に入った液体を振りかける。

 

「おやすみなさい。ノネット様」

「え……なに――」


 逃げ出す暇もなかった。


 アメリアはルナもかくや、という驚くべき速さで距離を詰め、わたしの口元をそのハンカチで塞いだ。


 意識を奪うような、強烈に甘い香りが肺を満たす。

 

 視界が急激に暗転し、わたしの身体はアメリアの腕の中へと崩れ落ちた……と思う。


「――っは!」

 

 ……ちゅんちゅん、と小鳥のさえずりが聞こえる。


 差し込む朝日の眩しさに、わたしはにわかに覚醒を果たした。

 

「……ん」

 

 見慣れた天井。ここは……自室?


 昨夜はたしか、アメリアを追いかけて礼拝堂へ行って――。

 

「……ゆめ?」

 

 嫌に生々しい感触が残っていた。


 アメリアに抱きしめられた時の冷たさや、あの甘ったるい匂い。

 けれど、鏡に映るわたしはいつも通りで、身体に異常は見当たらない。

 

 いやいや、あんなの夢に決まっている。アメリアが悪魔崇拝のような儀式をしていたり、信じられない身体能力を披露したり。

 

 わたしは自分に言い聞かせるように息を吐き、いつものように教室へ向かった。


 待ち合わせに現れたアメリアは当たり前だが、特に変わった様子もなかった。


 そして放課後、いつもの生徒会室。資料をめくる音が静かに響く。

 

「今日は礼拝堂の清掃をするんです」

 

 不意に。

 楽しげな調子でアメリアがそんな話題を振ってきた。


 デジャヴのような感覚に、心臓が跳ねる。


「今日って、もしかしてこの後かい?」

 

 ルナがそれに反応を示す。昨日と――夢の中と、全く同じ言葉。

 

「ひとりで掃除するのか?」

「ご心配なく! はたき掃除をするだけで、その後はお祈りをするんです!」

「確かにそれくらいなら大したことはない……か?」

「はい!」


 呼吸が止まり、全身が冷たくなるのを感じた。

 全身から嫌な汗が噴き出す。


「僕も手伝おうか?」


 ルナが、そう言った瞬間。


「ダメです!」


 アメリアが椅子から立ち上がりながら、バンと机を打った。

 

「アメリアさん」

「す、すいません!」

「お気持ちは嬉しいのですが、お掃除は10分くらいでぱぱっと終わらせて、あとはお祈りをするだけなので!」

「そうかい?」

「埃が舞って健康に良くないので絶対絶対来ちゃだめですからね! 絶対ですよ!」

「君は優しいね。お祈りの邪魔をしても悪いし……気が変わったらいつでも言ってくれ」

「ありがとうございます!」

 

 満面の笑みでアメリアは答える。

 

「…ア、アメリア様」

 

 わたしが震える声で名前を呼ぶと、彼女は「はい?」と小首を傾げてこちらを見た。

 

 夢で見た、あの冷たい瞳がリフレインする。

 アメリアの目がほんの一瞬だけ、獲物を定めるような光を放った気がした。

 

 背筋に、氷を押し当てられたようなゾクリとした震えが走る。

 

 アメリアはわたしの視線に気づくと、さらに深く、慈しむような笑みを浮かべた。

 

「……いえ……なんでも……お掃除頑張ってくださいね」

「はい!」


 結局わたしは、それ以上アメリアに何かを聞くことはできなかったのだった。 

1月中は幕間話と1・2章の改稿になると思います。

次回は5日以内に。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ