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わたしを攻略するなんて聞いてないんですけど!?  作者: 藤乃意
二章(開幕、これが共通√ですか!?)
34/35

18

 事件の顛末は一通り説明を受けた。

 けれど、わたしはどうしてもエレナと話がしたくて、「もう少しだけここにいます」と告げた彼女と共に生徒会室に残っていた。


「ええっ!? じゃあ、わたしのしたことって……全部無駄だったんですか!?」


 思わず身を乗り出して叫んだわたしの前で、エレナは優雅に、けれどどこか呆れたように首を振る。


「無駄とまでは言いませんわ。ただ、自ら厄介事を増やして、それを解決しただけのことです」

「そんなぁ……」


 がっくりと肩を落としたわたしを、窓際から差し込むオレンジ色の光が照らす。

 わたしの提案した作戦は、結果だけ見れば大成功だった。


 ただ、今回のことがなくとも、視察団を追い出す準備は順調に進んでいたらしい。

 あと少し時間があればギョームのとんでもない悪事の証拠を掴めていたのだという。


「そう落ち込まないでください、時間が足りなかったのは事実。早期解決に繋がったと考えれば有意義であったともいえますわ」


 彼女の唇が、いたずらっぽく弧を描く。


「あの、結局わたしって退学にはならないんですよね……?」

「当然です。あなたは卑劣な罠に嵌められた被害者なのですから」


 その言葉を聞いた瞬間、凍りついていた心臓がドクンと音を立てて動き出したような気がした。

 

 わたしは安堵のあまり、膝から崩れ落ちそうになる。

 

 あのまま退学処分にでもなろうものなら、ノネットに申し訳が立たない。

 

「それと……」

「まだ何かありますの?」

「茶器の弁償は、必要だったりするのでしょうか……?」

「はい? 茶器ですか?」


 エレナは、珍しく面食らったような表情で目を瞬かせた。

 その瞳が「何を言っているんだこの子は」と饒舌に語っている。


「ティーカップの方は細工かもしれませんけど、ソーサーの方は、わたしが自分で叩き割っちゃったわけですし……」

「貴女、自分を陥れた相手に気を遣っていますの? やはり独特な感性ですわね」


 珍しく、仕事をするでもなくただ本を読んでいた彼女はパタリとそれを閉じた。


「安心なさい。あれは安物です」

「そうなんですか!?」

「それと、仮にあれが一点物の高級品であったとしても、あのような男の言葉など突っぱねて、真っ先にわたくしに相談すべきだったのです」

「お、お金を貸していただける感じでしょうか?」

「……貴女、わたくしがそんなセコいことを言うと思っていて?」


 エレナが、わざとらしく額を押さえて溜息をつく。


「でも、諸々の原因は、わたしがお茶会に行くなんて言い出したからですし……」


 わたしは俯き、自分の膝の上で落ち着かなく動く指先を見つめた。


「そこから勘違いしていますわね。貴女がどう思おうと、あのお茶会に貴女たちを行かせるという最終的な決断を下したのは、わたくしです」


 エレナは小さく目を伏せる。


「ですから、そこで何か不測の事態が起こったとしても、全ての責任はわたくしが負います……当然のことですわ」


 エレナは突き放すような口調で、わたしの自責をばっさりと切り捨てた。


「でも……っ」


 食い下がろうとするわたしの精一杯の拒絶も、彼女は取り合おうとしない。


「まさか、わざわざ口にせねば届かない程度の信頼しかいただけていなかったとは、思いませんでしたわ」


 ふっと落とされた溜息混じりの言葉が、針のように胸にチクリと刺さった。

 突き放すような物言いに、悲しさを通り越して、熱いものがこみ上げてくる。


「むっ。それは聞き捨てなりませんよ、エレナ様!」

「あら、事実でしょう?」


 挑発するように細められた彼女の瞳に、わたしの心の中で何かがパチンと弾けた。


「……じゃあ言わせていただきますが、エレナ様こそ、わたしたちを信頼してくれていないんじゃありませんか!?」

「どうしてそう思うのです」

「ひとりで全部抱え込んで、何にも話してくれなかったじゃありませんか!」

「信頼しているからこそ……迷惑をかけたくなくて、何もするなと言っていたのですよ!」


 いつもは冷静な彼女の声が、微かに震え、荒くなっていく。


「そんなの傲慢です! それは信頼してるって言いません! 信頼を押し付けているんですよ!」

「なっ! わたくしは貴女たちを思って――」


 そんな悲しい言葉、納得できるわけがない。

 エレナの言葉を遮るよう、わたしは力任せに言葉を叩きつけた。


「この数週間、わたしがどれだけエレナ様のことを心配したと思ってるんですか!?」


 叫んだ拍子に、視界がぶわりと滲んだ。

 

 わたしだけじゃない。

 エレナに何かしてあげられないか、支えてあげることはできないか。


 皆どれだけ思い悩んでいたことだろうか。


「エレナ様がどれだけ完璧でも、お化粧でごまかしていても、毎日顔を合わせている人の変化に気づかないわけないじゃないですか!!」


 彼女が息を呑む音が聞こえた気がした。


「どれだけ苦しんだろうって。どれだけ……心を痛めてるんだろう、って。どれだけ、大変……なんだろう、って」


 静まり返った室内で、わたしの泣き声だけが惨めに響く。


「――エレナさまが、つらいと、わたしだってつらいんですよっ……!」


 最後の方は、しゃくりあげる声が混じって、きっと言葉になっていなかったと思う。


「ああ、もう! 卑怯ですわよ! “それ”はわたくしが使えない武器だというのに!」


 椅子の引かれる音がして、エレナがわたしのすぐ傍まで歩み寄ってきた。


「ほら、顔を上げなさい」

「……はい」


 両頬をとられ、強制的にエレナの方を向かされる。

 彼女は少し困ったように眉を寄せていた。


 ハンカチをスカートから取り出すと、汚れるのもいとわず、わたしのぐしゃぐしゃの顔を拭ってくれる。


 ――その手つきは以前と変わらず、もどかしいほどに優しかった。


「……ごめんなさい、怒鳴りたかったわけじゃ……」

「いいえ、貴女の言う通りですわ。核心を突かれてしまって、わたくしも少し、ムキになってしまったようです」

「……なんで他人事みたいなんですか。かっこ悪いです」

「……うるさいですわね! 照れ隠しですわよ! まったく、貴女と話していると調子が狂いますわ」


 それからエレナは黙ってわたしの頭をなでてくれた。

 ようやくわたしの涙が引いたのを見届けて、彼女はふぅと長い吐息をついた。


「少しは落ち着きまして?」

「……はい。もう大丈夫です。お騒がせしました」

「そう。落ち着いたのなら――ノネットさん」

「? はい?」

「わたくしからも聞きたいことがあったのでした」


 急にエレナの声のトーンが、獲物を狙う狩人のそれに変わった。


「例の、"レコード"についてですけれど」

「……あ! そろそろペットの九官鳥にエサをあげる時間でした! 申し訳ありませんが、失礼させていただきますね!」

「学園寮はペット禁止でしょう。滅茶苦茶な逃げ口上はやめなさい」


 逃げようとした肩を、ガシッと掴まれる。

 

「わ、わたしの“知識”については追求しないって約束したじゃないですかぁ!」

「限度というものがありますわ。以前の件は、貴女が街の事情に精通しているのだと、無理やり納得もできましょうが」


 彼女はわたしの目をじっと覗き込み、逃げ場を塞ぐ。


「あの装置を教授に見せたところ、いたく驚いていましたわ……何故、貴女はあんなもののことを知っていたのです?」

「い、いや! あれは……この学園の卒業生に、とんでもない変わり者がいて、そういう機械を作ったという話をたまたま耳にしてですね……!」

「ええ、ええ。そうですわね。その“製作者である教授”ですら存在を忘れていたようなものなのに、なぜか“旧校舎の倉庫に放置されていること”を知っていたノネットさん?」

「げぇ!? そ、そういう設定なんですか!?」

「ほらまた、おかしなことを言っている!」

「気のせいです!」

「しかも、教授はこうも仰っていましたわ。『当時は音を刻むための適切な素材が見つからなかった』と」

「う、嘘!?」

「……楽器補修用の蜜蝋を使うことを提案したのも、貴女でしたわね?」

「……え、えへ?」

「吐きなさい! 正直に!」

「無理です! 言っても絶対信じてもらえませんから!」


 わたしが必死に首を振ると、エレナは冷ややかな微笑みを浮かべた。


「まさか、天の啓示が降りてきたとでも言うつもりかしら?」

「あ! じゃあそれ! それです! それで手を打っていただけませんか!?」

「なるほど、それなら説明もつきますわね……なんて言うわけないでしょう!」

「それで納得してもらえなかったら、絶対信じてもらえませんよーーーー!」


 ひとしきり追い詰められ、わたしは生徒会室のソファに突っ伏した。

 エレナもさすがに疲れたのか、肩で息をしている。


「……はぁ……はぁ……。本当に、強情ですわね」

「エ、エレナ様ほどじゃ、ありませんよ……」

「……分かりました。最初に約束しましたものね。貴女を追求はしないと。その約束は守りましょう」

「ほっ……。ありがとうございます、さすがエレナ様! お優しい!」

「けれど、今回のことでより一層、貴女を野放しにはできなくなりましたわ」

「いや、別に悪さとかするつもりは一切ないのですが……」

「貴女にその気がなくとも利用されるかもしれません。あるいは今後、貴女がわたくしに敵対することも、ないとは言い切れないでしょう?」


 それは、冗談めかした口ぶりではなかった。


「いやいや! さっきわたし、エレナ様のことを信頼してるって言ったばかりじゃないですか! 敵対なんて絶対しません!」

「利益が愛に勝る実例を、わたくしは何度も見てきましたもの」

「約束します! 誓ってもいいです! 何があっても、わたしはエレナ様の味方です。これは絶対です!」

「……しがらみのない口約束を、わたくしは信用しませんわ」


 ああ、もうどうしたらわかってもらえるのだろうか!


「だったら……わたし、すごいもの要求しちゃうかもしれませんよ! それでもいいんですか!?」

「ええ、もちろんですわ。相応の身を切る覚悟もなく、こんなことは言いません」

「うっ……エレナ様は勘違いされてます! わたしの知識なんて、そんな大層な価値はありませんから!」

「わたくしが欲するものの価値を決められるのは、わたくしだけです。さあ、言ってみなさい? 貴女が欲しいものは何? お金? 名誉? それとも地位?」

「どれもいりませんよ!」

「あ。もしかして殿方がお望み?」

「もっといりませんよ!!」


 食い気味に否定したわたしを見て、彼女は口元を手で覆う。

 

 わずかばかりの逡巡を見せ、彼女はおもむろに口を開いた。


「……なら」


 一度言葉を区切り、わたしの方に体を向ける。


「ふたりだけの、誰にも言えない秘密をつくってしまえば……貴女を繋ぎ止めておけるかしら?」


 気づけば、彼女の手がわたしの肩にかかっていた。


 そのまま押し込まれるようにして、わたしはソファの座面に背を預ける形になる。

 エレナが、わたしを覆うように上からのぞき込んできた。


「ああああ、あのっ!? どうして押し倒すんですか!?」


 え。待って。

 ――秘密ってそういう!?


 パニックになるわたしを余所に、エレナの細い指先がわたしの胸元に触れる。

 そのまま、なぞるように胸を伝い、首筋、そして頬へとそれを這わせた。


 指が触れるたび、肌の上を微弱な電流が走り抜けるような感覚に襲われる。

 ゾクゾクとして、心臓の音がうるさい。


「あ、あのあのあの……エレナ様?」

「……」


 答えはない。ただ、彼女の顔がゆっくりと近づいてくる。


 甘い花の香りと、彼女の熱い吐息がかかる距離。

 抵抗しようと思えばできるはずなのに、体が金縛りにあったように動かない。


「お、落ち着きましょう! 話し合えばわかります! ラブアンドピース! 世界はなんて美しい……ぴぃ!?」


 耳元に唇を寄せられ、熱い息を吹きかけられる。


 背筋が跳ね上がった。

 エレナは再び顔を戻すと、潤んだ瞳でじっとわたしの目を見つめてくる。


 至近距離で見る彼女は、恐ろしいほどに可愛くて、美しくて……愛おしかった。

 わたしの大好きなヒロイン。誰よりも幸せになってほしい人の、ひとり。


 顎に指を添えられ、ゆっくりと上を向かされる。


 ……だめだ、これ以上抗うなんて、土台無理な話だった。


 耳元にかかる甘い吐息が、わたしの思考回路をあっさりと焼き切ってしまう。

 わたしは白旗を上げる代わりに、ゆっくりと目を閉じた。


「…………や、優しくしてください……っ」


 呟いて、運命を待つように全身の力を抜く。


 しかし、頬を撫でるエレナの指先が止まり、静寂だけが落ちる。


 くるはずの“何か”は一向にこない。期待と不安が混ざり合った、永遠にも思えるような空白の時間。


 不審に思って瞼を震わせた、その瞬間だった。


「…………ぷっ! く、ふふっ! あはははは!」


 覚悟を決めたわたしの耳に届いたのは、艶やかな声ではなく、弾けるような笑い声だった。


「なんで笑ってるんですか!?」

「笑うに決まっているじゃありませんの……はぁ~、おっかしい……っ。貴女、本当に面白い子ね」


 その瞬間。

 わたしは、ギョームを追い詰めた来客棟での出来事を語る、ルナのとある一言を思い出していた。

 

『会長は、きっと役者でも食べていけますよ』


「――っ! か、からかいましたね!?」

「あら。でも貴女、そういう趣味があるのではなくて?」

「どうしてそうなるんですか!?」

「先程も欲しいものに『殿方?』と聞いたら『いらない』と仰っていましたし」

「そういう意味ではないんですけど!?」

「それに、この前膝枕をしてさし上げた時も、やけに鼻息を荒くしていたではありませんか」

「してませんが!? ……ん? ……してません……が?」

「……自信を無くさないでください。冗談ですよ……」


 エレナの目が少しだけ引き気味だった。

 自分で振っておいて、ひどい。


「も、もう! エレナ様のいじわる!」

「ふふっ、ごめんなさい。からかいが過ぎましたね。どうか機嫌を直してくださいな」

「知りません!」


 プイと顔を背けたわたしの肩を、彼女が後ろから優しく抱く。


「……でも、もし貴女が本当に――」


 エレナは何事か小さく呟く。

 残念ながら最後の方は聞き取れず、わたしは思わず聞き返す。


「え? いま、なんと?」

「いいえ。何も」


 彼女は咳ばらいをすると、くるりと背を向けて、窓の外を眺めた。

 

 わたしもそれに倣うように窓の外を眺めると、気づけば空は綺麗な茜色に染まっていた。


「――そうそう」


 しばしの沈黙が落ちてから。

 エレナが思い出したように口を開く。


「わたくしが貴女を信頼していないと思われているのも癪なので、今度は『からかい』ではなく『わからせ』をさせていただきますわね」

「……わ、わからせ?」


 言葉の意味を脳が理解するよりも、ほんの一瞬早く。

 エレナの唇が、わたしの額に柔らかく触れた。


「これが、信頼の証です……伝わりましたか?」

「……っ」


 言葉が出ない。額に残った熱の余韻に、顔が火を噴きそうになる。


「ああ」


 エレナはわたしの顔をみて満足そうに微笑むと、人差し指を自分の唇に当てた。


「はからずも、ふたりだけの秘密ができてしまいましたわね――マイ・ノネット」


    *    *    *


 国境へと続く街道を、数台の馬車が駆けていく。

 外交権を奪われ、国外追放処分となったギョーム・ド・ベルネは、座席のクッションに指をめり込ませ、独り激しい震えに耐えていた。


 瞳に宿るのは、煮えたぎるような憎悪。

 格下と侮っていた者たちに、まんまと出し抜かれ、名誉を泥まみれにされた。


 その事実が、彼の肥大したプライドを内側から焼き焦がし、どす黒い怨嗟へと変えていく。


「……このまま終わると思うなよ! エレオノール・ド・ルヴェリアン!」


 脳裏に浮かぶのは、高潔な仮面の下で自分を冷徹に裁いた女の顔。

 

「それに、あの騎士気取りのガキも……」


 次に浮かんだのは、理屈も交渉も通じぬ野蛮な力で自分を屈服させた、ルナの姿だった。

 ただ家畜のように自分を組み伏せ、冷たい地面に這いつくばらせた忌々しい獣。

 

 その顔を脳に刻み、ギョームは拳を強く握りしめる。

 

「覚えていろ……必ず、後悔させてやる」


 ギョームは呪いと共に遠ざかる街の灯りを凝視し続ける。


 馬車は速度を緩めることなく、国境の方角へと走り去っていった。

2章本編完結です!

お付き合いありがとうございました。


次回は幕間をいれると思います。

3章は少し時間をあけてから。1章の改稿もいれたいところ……。

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