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わたしを攻略するなんて聞いてないんですけど!?  作者: 藤乃意
二章(開幕、これが共通√ですか!?)
33/34

17

 来客棟の一室。


 エレオノールが内密に用意したその部屋で、ギョーム・ド・ベルネは優雅に「獲物」の到来を待っていた。

 天井の高い応接室には、深い赤の絨毯が敷き詰められ、夕暮れの陽光が窓から差し込み、室内に長い、影のような静寂を落としている。


 彼は窓際に立ち、指先でクリスタルグラスをゆっくりと揺らしていた。

 深紅の液体が波打つたび、高価なヴィンテージワインの香りが立ちのぼる。

 

「……くくっ」


 喉の奥で、嘲笑が漏れた。

 生徒会からの緊急連絡の内容は、すでに腹心を通じて耳に入っている。


 長々ともったいぶった敬語を並べてはいたが、要するにそれは、追い詰められた鼠の必死な懇願だ。

 “王家始まって以来の才媛”とまで称えられた第一王女、エレオノール。


 その彼女が、自ら頭を下げて密会を申し込んできた。

 それだけで、この勝負は「チェック」だった。


「どんなものかと思って来てみれば」


 肩をすくめ、ワインを一口。

 第二王子ジュリアンから「好きにやれ」と言われてこの学園へ乗り込んだが、拍子抜けもいいところだ。

 

 勇ましく、口では小賢しいことを言っていたものの、実際に自分を脅かす策などひとつも持っていない。


 所詮は持ち上げられるだけの、本当の社交界を知らぬお飾り王族。

 自分のような、知恵者と比べること自体が酷というものだ。


 ――などとギョームが内心考えていると、扉を叩く音が響いた。


「どうぞ」


 扉が静かに開き、エレオノールが姿を現す。


 背筋は相変わらず伸びている。だが、あの毅然とした威圧感はどこにもない。

 青白い肌、そして目元には隠しようのない疲労の色が浮かんでいた。


「お時間をいただき……ありがとうございます」


 彼女は絞り出すような声で、丁寧に一礼する。

 ギョームはあえて立ち上がらず、椅子に深く腰を下ろした。


 脚を組み、征服者の余裕を持って微笑む。


「いやいや、構いませんとも。こうして直々に“お願い”に来てくださったのですからね」


 その口調は穏やかだが、その視線は足元の虫を眺めるように冷淡だった。


「さて。単刀直入に、要件を聞かせていただきましょうか……王女殿下?」


 エレオノールは一瞬だけ言葉を探すように視線を彷徨わせ、やがて、深く頭を下げた。


「……どうか、お慈悲をいただけないでしょうか」

「慈悲、ですか」


 ギョームはグラスを置き、指を組んで身を乗り出す。


「それで、なんの件でしょう? いやはや、察しが悪いもので申し訳ない」


 ギョームはわざとらしく目を細めた。


「わたくしの……生徒会のメンバーが、先日のお茶会で行ったとされる行為についてです……どうか、学園への正式報告を取り下げていただきたく存じます」

「ああ! あの件ですか!」


 屈辱を煽るように笑みを浮かべる。


「まさか、模範たるべき生徒会の方々が、あのような卑劣な振る舞いをされるとは。学園の品位に関わる問題だ……正直、私も心を痛めておりますよ」


 そして、白々しいため息をひとつ。


「ですが、そこまで困り果てておられるのなら――わたくしも鬼ではありません。ひとつだけ“助言”を差し上げましょう」

「助言、ですか……?」

「ええ。第二王子――ジュリアン殿下に、直接取り成していただくのです。兄妹の仲なのでしょう? 彼にすがれば、きっとすべて丸く収まる」


 その言葉を投げつけた瞬間、エレオノールの肩が目に見えて震えた。


 学園内の問題を自力で解決できず、王族の縁故にすがって揉み消す。

 それも、王位を競い合っている相手に、だ。


 その瞬間、“王家始まって以来の才媛”という彼女の誇りは、永遠に地に落ちる。

 死ぬよりも辛い屈辱のはずだ。


 しばしの沈黙が、重く部屋を支配した。

 エレオノールは視線を伏せ、震える指先を握りしめている。


「……そう、ですね」


 その声は、泣き出しそうなほどにかすれていた。


「正直に申し上げます。わたくし、自身の無力さを……痛感いたしました。これ以上、抗う術を持ち合わせておりません」


 深く、深く、彼女は腰を折った。

 

 王族としての矜持をすべて捨て去ったかのような、無様な姿。

 その瞬間、ギョームの喉の奥から、こらえきれない愉悦が噴き出した。


「……っ、ふ、くくく……はははは!」


 押し殺した笑いは、やがて品のない爆笑へと変わる。

 ――最初から、この女はいけすかなかった。


 高潔な血筋、誰もが称える知性、揺るぎない誇り。


 それらすべてを背負った頂点の女が、こうして自分の前で這いつくばっている。

 これほど愉快な光景が、この世にあるだろうか。


「……何を、笑っておられるのですか?」


 エレオノールが顔を上げる。その瞳には、悔しさと困惑が入り混じっていた。


「失礼。あまりにも……あまりにも貴女の“愚かさ”がおかしくてね!」


 ギョームは勝ち誇ったようにワイングラスを傾ける。


「ど、どういうことですか! わたくしは真剣に……」

「……では、教えて差し上げましょう、殿下! それが、敗北した貴女への私からの慈悲だ」


 彼は饒舌に語り出した。もはや隠す必要などない。


「茶器には細工を施し、弱みを握って、騒ぎ立てる……私がやったのはそれだけだ! なのにあなたたちは勝手に自滅してくれた! 実に、実に単純な策ですよ!」


 ギョームは愉快、愉快と小さく漏らす。


「そんな……っ。では、やはり……我々を騙したのですか!?」


 エレオノールの瞳に、烈火のような怒りが宿るのをギョームは見る。

 それが、嗜虐心をさらに搔き立てた。


「ええ、その通り! まんまと、です。高貴な皆さんは、泥の中の戦い方を知らなすぎる」


 ギョームは鼻で笑った。

 

「非道です……! 今すぐ、その虚偽を撤回し、謝罪してください!」


「ふん、誰がするものか……いいですか、殿下。最後にひとつ、本当の教訓を差し上げましょう」


 彼は顔を近づけ、冷酷に言い放った。


「“はめられる方が悪い”のだ。この世界はね」


 その言葉が落ちた瞬間。

 エレオノールの瞳から、激しい怒りが……ふっと消えた。


 彼女は一瞬だけ視線を逸らし、机の端に置かれた“見慣れない装置”を見た。


 それまで彼女を支配していた焦燥も、悔しさも、すべてが幻であったかのように消え去る。

 やがて、彼女は静かに、そしてあまりにも優雅に息を吐いた。


「確認ですが、その虚偽を撤回するつもりは、ありませんか?」

「くどいぞ!」


 彼女はギョームの言葉を聞いて、くすりと笑う。


「わかりました……そうですわね。“はめられる方が悪い”……全く、その通りですわ」

「……なに?」


 あまりの温度変化に、ギョームは眉をひそめた。


「知っておりまして? 音は、“振動”なのだとか」

「はあ? 何を突然……」


 エレオノールは、装置の横についた金属製のクランクに、しなやかな手をかけた。


「馬車が通った道に、轍が残るように……音もまた、轍を残すのだそうです」


 彼女はゆっくりとクランクを回し始める。


 キリ、キリと。小さな機械音が、静まり返った部屋に響く。


「その振動を、大きな筒でかき集め、鋭い針先に伝える。それを――」


 彼女の指先が、装置にセットされた淡黄色の円盤をなぞる。


「蜜蝋のような、抵抗も知らずに形を譲る、柔らかな下地に刻み付けると……」


 円盤が、滑らかに回転を始める。


「うーん……このあたりでしょうか」


 彼女が一瞬だけ躊躇ってから、静かに針を落とす。


 チリ……チリッ……という、小さな摩擦音。

 次の瞬間。


『――“はめられる方が悪い”のだ。この世界はね』


 蓄音機のラッパから流れてきたのは、ノイズ混じりではあるが、紛れもなく今の、ギョームの傲慢な自白だった。


 部屋の空気が、一瞬で凍りついた。

 

「あら。わたくしったら、お見事ですわね」


 それとは対照的に、エレオノールは実に楽しそうな口調で呟く。


「な……なな、何を……っ!?」


 ギョームの顔から見る見ると血の気が引いていく。


 持っていたグラスが絨毯の上へ音もなく落ちた。


「“レコード”と申します。音を記録し、そして再生する装置ですわ」


 エレオノールは、最高の淑女の微笑みを湛えて彼を見つめた。

 その瞳は、もはや獲物を見定める猛禽のそれだった。


「さて、ベルネ卿。もう一度、お聞きしますわね」

「が……っ」

「――その虚偽を撤回するつもりは、ありませんか?」

「ぐ……っ、おのれ……貴様ぁっ!!」


 ギョームは我を忘れ、円盤を叩き壊そうと椅子から飛び出した。

 

 ――証拠さえ奪い取れば、まだ!


 唐突にエレオノールが、パチンと高く指を鳴らした。

 

 その瞬間、ギョームの頭上、装飾の施された重厚な梁の影から、一条の影が音もなく舞い降りた。


「――なっ!?」


 天井から降ってきた理不尽な衝撃に、ギョームは悲鳴を上げる暇さえなかった。

 隼のような鋭さで着地したルナは、その勢いのままギョームの背後に回り込み、彼の右腕を容赦なくねじり上げる。


 顔を絨毯に叩きつけられたギョームの視界に、先ほどまで誰もいなかったはずの床へ、音もなくひらりと舞い落ちる数片の埃が見えた。


「がはっ!? 離せ、離せ貴様っ!」


 床に顔を押し付けられながら、ギョームが絶叫する。


「会長……二時間はさすがに長すぎます。梁の上は埃っぽくて……」

「あら、ごめんなさい。ですが直前に出入りすれば、この男に警戒されてしまいますもの」

「貴様ら! 賓客である私にこのような真似をして、タダで済むと思っているのか! ジュリアン殿下が黙ってはいないぞ!」

「ええ、その通りです。ですから、お兄様も思わず口を閉ざしてしまうよな、素敵なプレゼントを用意してみましたの」


 エレオノールは小脇から紙の束を取り出した。


「このレコードだけでも学園に提出すれば十分ですが、念には念を、ですわ……こちらに見覚えは?」

「そ、それは……っ!」


 そこに並んでいたのは、彼がこれまで密かに行ってきた裏取引の写し、改竄された帳簿などーーギョームの悪行の数々の証拠であった。


「時間が足りずに、決定打となるものはありませんが……余罪を洗うには十分な端緒ですわね」


 彼女は冷ややかに、そして宣告するように告げる。

 今度は懐から、王家の印章が刻印された、重厚な羊皮紙を取り出した。


「本日、この瞬間をもって。ギョーム・ド・ベルネ――貴方を」


 彼女は、その紙を絶望に染まった彼の目の前へと突きつけた。


「Persona non grata――『好ましからざる人物』と認定いたします」

「な……なんだと……!?」

「外交特権の即時剥奪。滞在権の無効化。そして、あらゆる公的な場での発言権の消失」


 エレオノールは、氷のような冷徹さで言い切った。


「この国は、貴方を拒絶します……轍を外れた馬車がどうなるか、その身でじっくりと味わいなさい」

残り1話(後日談+α)で2章本編完結です。


まだ確定ではないですが、そのあとは幕間話を1、2話いれると思います。


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