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わたしを攻略するなんて聞いてないんですけど!?  作者: 藤乃意
二章(開幕、これが共通√ですか!?)
31/35

15

 翌日。


 約束の時刻が近づくにつれて、胸の奥のざわつきが増していく。

 来客棟へ向かう廊下は、いつもより静かだった。たぶん、視察団が来てから、学園全体がどこか息を潜めている。


 アメリアはいつものように背筋を伸ばして歩いている。

 だけど、袖口のあたりを何度も握り直す仕草が、緊張を隠しきれていない。


「……大丈夫ですか?」


 わたしが小声で聞くと、アメリアは小さく笑ってみせた。


「大丈夫、です。ノネット様が一緒ですから」


 それは励ましの言葉なのに、どこか祈りみたいに聞こえた。


 来客棟の奥。案内された部屋はこの応接室だ。

 普段使わないので当然入ったことはない。

 

 案内役の使用人が、無言で扉を開けた。


「どうぞ。こちらです」


 通されたのは、上等な応接室だった。

 

 壁は落ち着いた色の布で覆われ、窓から差す陽光が絨毯の毛足を柔らかく照らしている。

 そして中央のテーブルには、白磁のティーセット。


 金縁のカップ、細い取っ手、艶のあるティーポット。


 部屋の隅には、視察団の護衛らしき男が二人。腕を組み、じっとこちらを見ている。

 その視線だけで、もう“お茶会”という雰囲気じゃない。


 まるで見世物のようにこちらを眺めている。


「ご足労いただき、感謝します」


 ギョームは柔らかな声でそう言い、軽く頭を下げた。

 以前よりも丁寧で、礼儀正しい態度。だが、その丁寧さがかえって不自然に感じられる。


「先日は、うちの者が粗相を働いたそうで」


 うちの者。

 その言葉に、わたしの手首が無意識にきゅっと強張る。


「悪気があったわけではないのです。ただ少々血の気が多く、私も手を焼いているのですよ」


 そう言って、困ったように肩をすくめる。


「誤解を生んでしまったのなら、ここでちゃんと話しておきたいと思いましてね」


 彼は視線で席を示した。


 アメリアが先に腰を下ろし、わたしもその隣に座る。

 背後で扉が閉まる音がした。


 鍵の音はしない。

 けれど、なぜか“閉じ込められた”という感覚だけが残る。


「せっかくですから、ゆっくりお茶でも」


 ギョームがティーポットを持ち上げる。


「……しかし、学園は素晴らしい場所ですな」


 ギョームはゆっくりとカップを口元へ運びながら言った。


「我が校にはない活気のようなものがある」


 褒め言葉。

 だが、どこか上から目線に聞こえる。


「やはり、あなた方生徒会の賜物なのでしょうな」


 ギョームはカップを口元に運びながら、何気ない調子で言った。


「王女殿下に聖女様までおられて、だというのに気取った様子がなく、規律に厳しく、問題行動にはすぐに対応する」


 それは褒め言葉にも聞こえる。


「ですが」


 少しだけ、声の調子が変わる。


「外から見たら、少々“悪目立ち”しておりますなぁ」


 視線が、わたしたちに向けられる。


「正しいことをしていても、やり方次第で敵を作る」


 柔らかな笑み。

 けれど、どこか含みのある言い方だ。


 アメリアは微笑を崩さずに答える。


「私たちは、学園の規則に従って行動しているだけです」

「もちろんですとも」


 ギョームはすぐに頷く。


「だからこそ、今回の件も文化的な“行き違い”で済ませたい」


 その言葉に、わたしは内心で警戒を強める。


「うちの者も、悪気があったわけではないのです」


 そう言いながら、彼はテーブルの上の銀色の盆を横にずらした。


 ――その下から、小さな瓶が現れる。


 琥珀色の液体。

 香草のような匂いが、ほのかに漂った。


「それは……?」


 わたしが尋ねると、ギョームは軽く肩をすくめた。


「気分転換のようなものです。茶会には、こういう香りも悪くないでしょう」


 笑みは穏やか。

 だが、その視線は妙に鋭い。


「さて」


 彼はわたしたちを見回した。


「あなた方は、礼儀正しく、真面目だと聞いています」

「……恐れ入ります」

「だからこそ、今日は肩の力を抜いてほしい」


 そう言って、わざとらしく周囲を見回す。


「ここには、堅苦しい監視の目もない」


 護衛が立っているのに、いけしゃあしゃあとしたものだ。


「ただの楽しいお茶会です」


 その言葉が、やけに軽い。


 そして、ギョームはふっと息をついた。


「今回はこちらの不勉強でした」


 彼はカップを指先で軽く回しながら続けた。


「正直に言えば、あなた方がそこまで大事にするとは思っていなかった」


 にこやかな笑み。


「行き違いであったとはいえ、ルールには違反してしまった。ですから、ここで穏やかに話して、手打ちとしたい」


 その言葉は、謝罪のようでいて、どこか責任転嫁にも聞こえた。

 ただ、こちらに一方的に非があったという言い方でもない。


 ――痛み分けにしたい、ということだろうか?

 もしかしたら、あまりにも身構えすぎていたのかもしれない。

 

 そう思いながらも、わたしは軽く頷いた。


「わたしたちも、これ以上事を荒立てたいわけではありません」


 口にしてから、少しだけ胸がざわつく。


 これは、正しい選択だろうか?


 ギョームは満足そうに微笑んだ。


「そうでしょう。争っても、何も得るものはありません」


 その声は柔らかいのに、どこか底が見えなかった。


「今日のところは、和やかに終わらせましょう」


 その言葉に、ほんのわずかだけ、嫌な予感が混じる。


 そのときだった。


 ――カラン。


 微かな音。


 アメリアの肘が、ティーカップの取っ手に触れた。

 取っ手が、ありえないほどあっさり外れる。


「――っ」


 カップはそのまま床へ落ちていく。


 パリン。


 白磁が砕ける音が、応接室に響いた。


 瞬間、空気が凍りついた。


「……」


 アメリアの顔から、血の気が引く。


「す、すみません……!」


 震える声。


 ギョームはゆっくりと立ち上がり、破片を見下ろした。


「……おお、なんということだ!」


 嘆く口調は、あまりにも整いすぎていた。


「その茶器は、王都の工房で特注した一点物だというのに……」


 値段は言わない。

 だが、高価だということだけは十分に伝わる。


 護衛の男が、無言で一歩前に出た。


 逃げ場が、消える。


「……どうしましょう」


 アメリアの声が、かすれる。


「簡単なことですよ」


 ギョームは、瓶を手に取った。


「ここで、楽しい茶会を続ければいい」


 栓を少し緩める。

 甘く、刺激的な香りが強くなる。


「酒でも、ハーブでも。呼び方は何でも構いません」


 そして、ゆっくりと微笑んだ。


「君たちが“自発的に楽しんだ”と言えば――」


 口元が歪む。


「アメリアさんの『不注意で壊してしまった高価な茶器』の件は、不問にしましょう」


 ――そう来たか。

 和解などさらさらする気はなく、狙いは生徒会のスキャンダル。


 壊したのを不問にする代わりに、こちらが“素行不良”の証拠を自分で作れと。

 

 茶器も細工していたに決まっている。

 

 しかし、こうも露骨なやり方をしてくるとは。


 アメリアが、息を呑む。


「……それは」


 拒否しようとした言葉が、喉で止まる。

 ここで拒否すればどうなるか――想像がつく。


 法外な弁償額を請求してくるか、それをネタにさらにエレナを追い込みにかかるだろう。


 だから。


「……わかりました」


 わたしは、先に声を出した。


 アメリアが驚いた目でこちらを見る。

 彼女の不安を少しでも和らげたい。その一心で笑ってみせる。


「ノネット様……?」


 わたしはアメリアの目の前の、片割れを失ったソーサーを手に取ると――そのまま、思い切り床にたたきつける。

 

「……ほう」


 ギョームの目が、愉快そうに細くなる。


「わたしがやったことにすればいい」


 言葉を選ぶ時間すら惜しい。


「あなたの要求はなんでも飲みます。だから、彼女を帰してください」


 アメリアが何か言おうと口を開く。

 でも、その前にわたしが首を振った。


 ――黙って。お願い。


 ギョームは、満足そうに頷いた。


「いい覚悟だ。気に入った」


 そして、護衛に顎で指示する。


「聖女様を送りなさい。丁重に」

「待って――!」


 アメリアが立ち上がる。

 でも護衛が、やわらかい所作で彼女の進路を塞ぐ。


「ノネット様っ!」


 その声は、今にも泣きそうだった。


 扉が開き、アメリアが外へ出される。

 最後に彼女が振り返ったとき、わたしは笑って手を振った。


 扉が閉まる。


 部屋に残ったのは、わたしと、ギョームと、護衛。


「さて」


 ギョームは瓶を差し出す。


「“自発的に”楽しみましょうか」


 わたしは瓶を受け取り、栓を開けるふりをした。

 匂いが強い。頭がくらっとする。

 ……これは、本当に酒なのか?


 でも、考えても仕方ない。


 わたしは――わざとらしく笑ってみせた。


「……乾杯?」

「そうだ。乾杯だ」


 ギョームが満足げに頷く。


 その瞬間、わたしは悟った。


 これが、“暴力じゃない”強硬手段。

 合法の範囲で、名誉を壊すやり方。


 ――そして、報告書に残すやり方。

本日は2話投稿します。

16話はほんの少しだけ加筆と最終チェックをするので時間を空けて(正午前後……?)

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