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それから視察団の問題行動には、逐次、対応したり、しなかったり……。
とにかく、エレナの「関わるな」というスタンスは一貫していたが、生徒会そのものに届く相談は日に日に増している。
時には個人に対して心無い言葉を浴びせるものまで出てきていた。
それだけ状況が良くないのを物語っている。
そんな中、エレナは机に置かれた一通の封書を指先で軽く叩き、不可解そうに首を傾げた。
「……ベルネ卿から、謝罪の申し入れが届きましたわ」
「謝罪の申し入れですか?」
わたしがオウム返しに尋ねると、エレナは小さく首を縦に振る。
「ええ。『先日うちのものが起こした行為を詫びたい』と」
「どの話でしょうか……」
アメリアが苦笑気味に呟く。
確かに、思い当たることは山のようにある。
アメリアと顔を見合わせていると。
「ノネットさん」
エレナが、いつもの柔らかな笑みを浮かべてわたしの名前を呼んだ。
「はい」
「心当たりは?」
「なぜ、わたしに……?」
少しだけ間を置いて、エレナは封書に視線を落とす。
「少しだけ読み飛ばしていましたわ。『生徒会のレディに対して、先日うちのものが起こした行為を詫びたい』」
「……エレナ様やアメリア様に対してかもしれないじゃないですか!」
「そうですね。ですので次はアメリアさんに尋ねるつもりでしたよ」
「すみません! めちゃくちゃあります!」
はい、できればエレナにはバレたくなかったので秘密にしていましたとも。
わたしは観念して、先日の一件を簡単に説明する。
「なるほど」
エレナは短く息を漏らし、肘を机に置いた。
「確かに、捨て置ける場面ではありませんが、少々迂闊でしたね」
「エット、危険な真似は……」
「ルナ、それはもう俺の方から言わせてもらった。ほどほどにしてやってくれ」
シリルの言葉に、ルナは渋い顔をする。
「……会長! やはり、何かしら行動を起こすべきです!」
「行動ですか。では、具体的に何をどうするのですか?」
「それは……」
言葉に詰まったルナを見て、エレナは静かに話題を切り替えた。
「……ひとまず、こちらの件ですが『ついては、謝罪と親睦を深める場を設けたい』と、お茶会の誘いが来ています」
封書を指先で軽く叩きながら、淡々と読み上げる。
「『生徒会の代表として、ぜひご本人様に出席していただきたく』とのことです」
その瞬間、空気が一段冷えた。
「怪しすぎます」
ルナが即座に口を開く。
「これまでの行動を見れば、“謝罪”なんて言葉を素直に信じる方がどうかしています」
「同感だ」
シリルも腕を組んだまま、低く頷いた。
「えっと……」
アメリアは膝の上で手を握りしめ、視線を落とす。
「私も……怪しいと思います」
その言葉をきっかけに、室内が静まり返った。
「問題は辞退するだけで済む話か、ですね」
「どういうことだ?」
シリルが問い返す。
「今回の文面には、『生徒会の代表として』と明記されています」
封書を机に置き、指先で一行をなぞる。
「こちらが応じなければ、“学園側が賓客の謝罪を拒否した”という形になる、か」
シリルが呟く。
「そんなの、向こうの勝手な言い分でしょう。それに代表というなら会長を指名すべきだ!」
ルナが声を荒げる。
「ですが、“外交”というものは、理屈よりも“印象”が重視されるものです」
エレナの声は静かに、事実だけを語る。
この中で一番それを知っているエレナの言葉である。理屈では、反論しづらかった。
「……加えて、『生徒会の代表』と言いつつ、今回の招待はノネットさんへの“個人宛”という側面が強いのです」
エレナは小さく息を吐いた。
「……いやらしい書き方だな」
シリルが苦く笑う。
「断れば『当事者がなぜ来ない』と、つけ入る隙を与えます」
「……お茶会の日時はいつですか?」
わたしは、エレナに問う。
「場所は来客棟、時間は明日の午後。ひとりだけ随伴の者を連れてきてよいとあります」
「なら、エレナがついていけば大丈夫なんじゃないか?」
「残念ながら、それはできないのです」
「……そうなのか?」
「わたくしはその時間、王宮から召喚命令を出されています……これはルナさんもですね」
場の空気が、さらに重くなる。
「……あれは、そういうことか」
ルナが悔しそうに歯噛みした。
「タイミングから考えて、兄の差し金でしょう」
「なら必然、俺かアメリアだが……」
「……でしたら、私に行かせていただけませんか?」
少し震えた声で、アメリアが名乗り出た。
「アメリア?」
「そういった交渉の席には、多少の心得があります。エレナ様がいらっしゃらないのであれば、私が一番、適任ではないでしょうか……!」
「そうですね」
エレナが小さく頷く。
「アメリアさんは、礼儀作法の面でも安心できますわね」
「……俺よりは向いているだろうな」
シリルは苦笑する。
「ですが」
ルナが表情を引き締めた。
「相手が強硬な手に出る可能性は否定できません」
「そこは、恐らく心配いらないでしょう」
エレナは首を横に振る。
「ベルネ卿は狡猾な人物です――あからさまな暴力で“被害者”を作るような真似はしないでしょう」
「わたしもそう思います」
ギョームの顔を思い浮かべながら、わたしもそれに同意する。
――ゲーム上で描写されない人物なので、メタ的推測ができない点が非常に不安だが、これまでのことを思うと“非常に姑息で陰湿”という印象が強い。
エレナの言うように、あからさまなことはしない気がした。
「それに」
エレナは続ける。
「来客棟には、あちらの護衛も複数います。たとえルナさんやシリルさんが同行していても、有効な抑止力にはなりえないでしょう」
誰も、すぐには言葉を返せなかった。
重い沈黙が、室内を満たす。
「……それでも」
シリルが、はっきりと言う。
「やっぱり、俺は反対だ。ノネットたちを危険な場所に行かせるわけにはいかない」
「僕も、同意だ」
「私も……怖いです」
アメリアが、胸元で手を握りしめる。
「でも、これ以上エレナ様の立場が悪くなるのは……嫌です」
エレナが、ゆっくりとわたしに視線を向けた。
きっと、行かないと言ってもエレナはわたしを咎めないだろう。
だけど――。
「……行きます」
わたしは、静かに言った。
「エット!」
「分かってます。危険だって」
それでも。
気持ちはアメリアと同じだった。
「エレナ様が、一人で全部背負う方が……もっと嫌です」
エレナが日に日に表情を曇らせていることを見ないフリしていることは、わたしにはできない。
「……そう」
わたしがエレナから視線を逸らさずに言い切ると、彼女は小さくそれだけ発する。
「……わかった。エットの意思を尊重しよう」
長い沈黙の後、ルナが、深くため息をついてそう言った。
「大丈夫です! ノネット様は、私が必ず守ります!」
「俺も近くで待機する。何かあったら、合図しろ。窓を割るくらいでいい」
その言葉に、少しだけ空気が緩んだ。
「……みんな、ありがとうございます」
視察団の話は4~6話構成くらいになると思っていたんですけど、思ったより内容が膨らんでしまい、あと4~5話くらい続きそうです。
解決に乗り出すまでもうすこし……!(次々回くらい)
この事件で2章は完結予定です。(間にまた番外編を差し込むかもしれませんが)
1月中には完結させたいのですが、もう少しかかってしまったらごめんなさい。
次回投稿は早ければ明日……遅ければ4日以内に。




