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わたしを攻略するなんて聞いてないんですけど!?  作者: 藤乃意
一章(転生、わたしがヒロインですか!?)
3/12

2

「気持ちがいいな~」


 体を伸ばすとなんだか活力が湧いてくる。

 あまり外出することはないのだが、出てみればやはりいいものである。

 寮内は少々寒かったが、外に出れば存外に温かい。(服は制服を着ることにした。正確にはこれくらいしか着方がわからなかったのだが、学内をうろつくならむしろこれが最適だよね)

 

 ――柔らかな日差しに、爽やかに抜ける風。ほのかに薫る草木の香り。のどかに響く鳥のさえずり……うん。これは春ですね。

 となると、やはり入学前後だろうか。ルナ様がノネットちゃんの前でも"王子様"を演じているところを見るにストーリーもそこまで進んではいないはずだが。


「……って! おおおおお、これが……寮!」


 振り返って、今出てきた建物を眺める。

 正式にはアルなんちゃら寮みたいな名前があった気もするけど、流石にそこまでは覚えていない。公式サイトの説明文にあったくらいだし。

 古びて何の変哲もない建物だがわたしにしてみれば歴史的建造物なのである。


「本物だ~……寮! すごいな~……寮! この角度で見ると全然違って見えるな~……寮!」

 

 何言ってんだこいつとお思いか?

 いいじゃないですか、ディ〇ニーにいったら普段そんなキャラでもないのにファンキャップ被ってはしゃいじゃうでしょ!

 ポッタ〇アンがとしまえん跡地でスタジオツアーしたら、没入感に酔いしれるでしょ!

 そういうものなのですよ、これは!

 

 惜しむらくは写真が撮れない事か。いや、写真撮っても持ち帰れるわけじゃないけどね。

 ま、わたしの心のアルバム機能はゲームクリア前から解放されている親切設計だから問題ないけどね。


「さて次々!」


 *  *  *

 

 ゲーム中で登場する"場所"はいくつかある。

 教室、講堂、中庭など『学園生活』というゲームの建付け上、これらは特に登場機会の多い場所だ。

 

 さて、ここで己に問いかけたいのは『あなたは観光地に行くとき定番スポットを巡りたい派? それとも通に穴場を狙う派?』という質問だ。

 

 憧れの場所に自分自身を組み込むというのはそれだけで特別なことで、普通の観光しかり、特にコンテンツーリズムとか、アニメ聖地巡礼とか言われる行為の最も直感的な楽しみ方であるだろう。

 そして、知る人ぞ知る、あるいは自分だけが知っている場所があるということもまた格別なのだ。そういう場所を見つけると、つい得意げになってしまう。まるで自分だけがその場所の本当の価値に気づいたみたいな。


 そんなことをぼんやりと考えながら歩いていると、ふと小さな礼拝堂が見えた。そこは『青空』の中でも印象的な背景のひとつだ。

 "伝説の背景"がネットミームとして語られるなら、こちらはファンの間でだけ語られる"諸説ある背景"だろうか。


 『青空』のメインヒロインのひとりに聖女という肩書を持つキャラがいる。敬虔で心優しくそしてイタズラ好きという魅力的な人物なのだが、その肩書の為、周囲からは畏敬され人恋しさを抱えている人物として描写されている。

 ストーリーを語れば長くなってしまうので割愛するが、要はその娘絡みの何かがありそうで、ほぼ何も言及されなかった場所なのである。

 諸説というのは、解析で礼拝堂内部の背景データが見つかったことから、大人の都合でカットされたのだとか、ファンディスクで使うんだとか、シナリオの人そこまで考えてないと思うよ。とかみたいに半分ネタとして語られている。

 

 学舎の裏手にひっそりと佇むそれに、木々の隙間から静謐な光が差し込んでいた。そこには、論理的には説明できない神聖さがあった。


「実物はCG以上に綺麗だな……」


 感嘆の息を漏らした、その時だった。


「お祈りですか?」


 背後から声を掛けられ、ゆっくりと振り返る。声の主を見て、思わず心臓が止まりかけた。

 

 肩まで伸びた淡金色の髪、透き通るような水色の瞳。

 祈りの姿をそのままに具現化したような――聖女アメリア・セラフィーヌその人だ。


「う、うわっ(ぁあああ本物だああ!)」


 思わず叫びそうになる口を慌てて塞ぐ。

 危ない危ない。推し3号(全員推し。順不同)を前に理性が蒸発しかけた。


「あ、いえ、その……失礼しました。少し驚いてしまって」

「平気ですよ。あなたが元気そうで、何よりです」


 元気そう――?

 いささか違和感を覚える返答だったが、ノネットの設定を思えば不思議ではないかとすぐに納得する。

 

 アメリアはこちらの言葉を待つように穏やかな顔で微笑んでいたが、その目だけが何かを測るようにすっと細められていた。

 風が吹き、彼女の裾が揺れる。祈りのような所作の中で、唇がかすかに動いた。


「え?」


 聞き返したときには、アメリアはすでに微笑みを戻していた。

 まるで今の言葉など存在しなかったかのように。


「アメリア・セラフィーヌです」


 自己紹介された――ということは、やはり面識がないのか?

 本編開始の時点で、ふたりは友人同士で、なんならルナを含めた彼女らの掛け合いが中心になるはずだから、今は新学期が始まる前と考えるのが自然だろう。

 彼女らがどう出会い交友関係を築いたのかはしっかりと描写はされておらず、会話の中で軽く語られるに過ぎないので、あくまで推測の域を出ないが。


「貴女は?」


 促され、にわかに思考から引き上げられる。

 

「……あっ。えっと………………ノネットです」


 しばしの逡巡の後に、そう答えることにした。悪いことをして嘘の名前で誤魔化そうとしているような感覚だった。

 ノネットちゃんへの申し訳なさで胸が痛い。


「……ノネット様、突然こんな事を申し上げると変に思われるかもしれないのですが……私と仲良くしていただけませんか?」


 『青空』には四人のヒロインがいる。ノネット、ルナ、アメリア、そしてもうひとり……エレオノールという名のヒロイン達だ。本編開始時点で彼女らは互いに交友関係を築いている。

 というより、彼女らは生徒会というコミュニティで、そこに主人公が参加する事から物語は始まる。

 仮にこれが、本編が始まる前の出来事であるのならば、ノネットとアメリアの出会いとはまさにこの場面なのかもしれない。ならば、ここで断る理由はない。

 

「私のほうこそ! お願いします!」

「ああ。良かった。皆様、どうしてか私とあまりお話ししてくださらなくて……新しい生活にとても不安を感じていたのです」


 当たり前だが、現実で聖女なんて人物に会ったことはない。しかし、そんな肩書を持つ人物に気後れしてしまうのは容易に想像できてしまう。

 極端な例え方をするなら、ローマ法王に気軽に話しかけられるだろうか。無宗教のわたしであっても畏れ多いと感じてしまうだろう。

 ただわたしにしてみれば、架空の教義の架空の聖女だ。どちらかといえば推しのヒロインという印象が強く、いうなれば憧れの芸能人に街中で出会ったようなものである。

 既知でないのならば何も怖いものはない。わたしがノネットちゃんでないことはバレる心配がないのだから。

 

「ノネット様。こうして巡り会えたのは奇跡だと思いませんか?」

「奇跡……ですか?」 

「昨夜から祈りを捧げていて正解でした。きっと主のお導きでしょう」

「えっ、昨夜からってまさか夜通し……!?」

「はい」

「一睡もせず!? そんな無理しちゃダメですよ!」

「無理なんてしていませんわ。いつものことですもの」

「いつもって、そんなこと毎日のようにしてたら本当に身体壊しちゃいますよ!」

「聖職者とは自らを律するものなのです」

「だからって、夜通し祈らなくてもいいじゃないですか!」

「自らを律すると言っても、決して辛く苦しいものではありませんよ」


 流石に、祈りという行為に修行のような過酷さを想像はしないが、節制や清貧を美徳とする。みたいな偏見はあるかもしれない。

 それは恐らくモチーフとなっているとある宗教のイメージに引き摺られているからだろうけど。ゲーム内の教えは意外に軽いものなのか?

 

「……その、祈りって……具体的に何をするものなんですか? わたし、よくわからなくて」

「そう難しく考える必要はありません。なぜなら、祈りに決まった形はありませんから。私の場合は人々の幸福を願い、日常へ思いを馳せ、明日の目標を口するようにしています」

「願いや目標ですか」

 

 やはり難しそうだ。

 

「目を閉じて、じっとそういった事を考えていると、気づけば朝日が昇っています」

「ん……?」

「やるなら、自分の心がもっとも落ち着く場所がよいでしょう。私は自室で祈りを捧げています」

「……ちなみにアメリア様にとって一番落ち着く場所ってどこなんですか?」

「お布団の中でしょうか」


 ――うん。それ朝までぐっすり寝てるってことですね!

 でも、ちゃんと寝てるなら安心だ。


「いかがでしょうか、少しでも伝わったなら幸いです」

「そうですね。決意とか感謝のようなものなのかなと思いました」

「ふふ、言いましたよね。祈りに決まった形はありません。それが貴女にとっての"祈り"なのでしょう」

「何となく分かったような……あ! でもハッキリとわかることもありました」

「?」

「アメリア様に出会えた事は間違いなく奇跡だと思います! やったー! 神様ばんざい!」


 思わず彼女の手を取って上下に大きく振ってしまう。

 一瞬だけ驚いたように目を見開いたが、アメリアはすぐに微笑みを戻してから、呟いた。

 

「……そう。きっとこれは、祈りの報いなのでしょう」

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