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わたしを攻略するなんて聞いてないんですけど!?  作者: 藤乃意
二章(開幕、これが共通√ですか!?)
28/34

12

 視察団は約半月の日程で滞在するとのことだった。

 その間、こちらの学園の授業に参加する形で知見や親睦を深める、という建前だ。

 細かいことはさておき、要は、短期留学のイメージに近いだろうか。

 

 視察が決まったのち、掲示板には、普段なら貼られない種類の紙が増えた。

 教員会議の回覧。警備当番の変更。来客棟の使用制限。

「授業は通常日程にて行う」と書かれているのに、まったくいつも通りじゃない。


 生徒の間でも、妙な物々しさを嗅ぎ取ったのか、期待と不安が入り混じったどこか落ち着かない雰囲気が漂っていた。


 受け入れ日の当日。

 正門前に、珍しく人が集まっていた。

 生徒会メンバーと、教員が数名。エレナは、関わる必要はないと言っていたが、出迎えくらいは、ということでこの場に立っている。

 

 皆、背筋を伸ばして緊張した面持ちをしていた。

 

 歓迎の旗が立つような大げさな式はない。

 教師陣からはそういった提案も出たがエレナが『不要』だと却下したのだ。


「なんだか不安です……」


 アメリアがぽつりと呟く。

 その言葉にわたしも小さく頷く。


 エレナは王位争いにおいては明確にその意思ありという立場を表明している。

 継承権でいえば五位と微妙な順位ではあるのだが、第一王子は身体が弱く病気がち、第二王女は継承権を放棄しており、実質的な対立候補は第二王子のジュリアンと第一王女のマルグリットの二名。


 下馬評では、ジュリアン、エレナ、マルグリットの順。

 学生という立場上、積極的に政務へ関われないことを差し引くなら、エレナは最有力候補と見なされている――というのが、作中での評価だった。


 故に、彼女の個別ルートではたびたび兄と姉からの妨害にあうことになる。

 

 エレナは、正門の中央に立っていた。

 いつも通りの完璧な姿勢。

 いつも通りの柔らかな笑み。

 

 けれど、今日は少しだけ、どこか身構えているような、そんな印象を受けた。


 彼女は「大丈夫ですわ」と笑うだろう。

 でもそれは「大丈夫」じゃなくて、「大丈夫に見えるようにする」だ。

 

 ほどなくして、馬車の音が聞こえた。

 石畳を叩く蹄の音。車輪のきしみ。


 それらが正門前で止まろうとする直前、一騎の兵士が先駆けとしてわたしたちの前に進み出た。

 

「モン=クレール公国視察団御一行、ただいま到着いたしました!」


 馬上からの高らかな声。

 エレナは表情を変えず、静かに頷いてそれに応えた。

 

「通しなさい」


 その言葉を合図にするように、兵士は左右に分かれ、道を開ける。

 それに続き、重厚な紋章が刻まれた馬車が二台、三台と、滑り込むようにして正門内へ入ってきた。

 

 馬車の扉が開き、降りてきたのは、わたしたちと歳の変わらぬ若者たちだった。

 その姿はどこか品がなく、国を代表する視察団というより、どこかの寄宿舎から抜け出してきた悪ガキ集団のようにも見えた。

 

 ただ、その中に一人だけ、空気の重さが違う男がいた。

 歳のほどは他と大して変わらないが身に着けているものが明らかに違う。

 

 上質な外套。装飾は控えめなのに、値段だけは伝わってくる。

 髪は整えられ、手入れの行き届いた手袋をはめている。

 

 そして何より――目が、嫌だ。

 人を見る目じゃない。

 物を見る目だ。学園を値踏みするようないやらしい目。

 自分がこの場の中心だと疑っていない目。

 

 エレナが一歩前に出る。

 

「ようこそ、歓迎いたしますわ。わたくしは、生徒会長のエレオノール・ド・ルヴェリアンです」

 

 挨拶は短い。

 余計な装飾を削った、儀礼の言葉。

 長躯の男は睥睨するように視線を落とし、にやりとした笑みを浮かべた。

 

「これはこれは。あなたがあのエレオノール様ですか! 兄君からはとても優秀な女性だと聞いていたが、美貌の方もなかなかですな」

 

 鼻持ちならないとはまさにこの男のようなことを言うのだろう。

 

 褒めているようで、小馬鹿にした言動。

 そんな態度にも、エレナは表情を崩さない。

 

「失礼、まずは名乗るのが礼儀ですな……ギョーム・ド・ベルネである」

「学園へようこそ。滞在の間、必要な案内は、わたくしがいたしますわ」

「ふむ。よしなに」

 

 ギョームと名乗った男は、視察団の若者たちへちらりと目配せした。

 すると彼らは、まるで解放されたみたいに散り始める。

 

 周囲の生徒に近づき、勝手に話しかける。

 鞄を覗き込む。制服の仕立てを触る。

 

 距離が近い。遠慮がない。

 教員の一人が慌てて前に出かけたが、ギョームが軽く手を上げた。

 

「いやいや、申し訳ない。何分、私どもはこちらの文化に疎く、慣れない土地で少々興奮している。皆、悪気はないのだ。許されよ」

 

 ――その一言で、教員が止まった。

 

 悪気はない。

 魔法の言葉だ。

 悪気がないから、許せ。

 悪気がないから、我慢しろ。

 悪気がないから、被害者が大人になれ。

 

 ……いや、そういう問題じゃないだろうに。

 

 でも、言えない。

 ここは、学園。儀礼の場。

 

 そして相手は、王家の紹介状付きの賓客。


「……ええ、存じておりますわ。さ、長旅でお疲れでしょう。こちらへどうぞ」

 

 エレナが視察団を誘導し始める。わたしたちは、その後ろについた。

 ギョームは歩きながら、当然のように問いかけてきた。

 

「宿泊先は?」

「来客棟ですわ。賓客用の広間と、滞在する皆様用にお部屋をひとつずつ、ご用意させていただきました」

「食事は?」

「学食と必要に応じて来客棟の厨房でも、」

 

 ギョームが足を止める。

 

「学食ぅ?」


 鼻を鳴らすように笑った。

 

 その一語の響きが、ぞわりとする。

 ただの確認じゃない。不満の予告だ。

 

「紹介状には“相応の待遇”とあったはずだが。君の学園は……賓客を学生の食堂に押し込むのか?」

 

 エレナのまぶたが、ほんの一瞬だけ動く。

 

 “相応”には定義がない。

 もちろん、口を閉じざるを得ないような歓迎をすれば話は別だろうが、こちらが何をしても、相手が“不相応”と言えばそうなってしまうのだ。

 

 過剰にすれば、予算がいくらあって足りず、かといって控えめにすれば、「賓客に無礼」と難癖をつけられる。

 

 作中で何度も何度もエレナに対して行ってきた、違法スレスレの嫌がらせの数々。

 こんな序盤にもエレナは孤軍奮闘していたのか。

 

「なにが――」

 

 シリルが口を開きかける。

 止めたのはエレナだった。

 

 ほんのわずかな視線で、黙らせる。

 エレナは微笑んだ。

 

「今回の意義のひとつに『将来的な留学生の受け入れ』というものがございましたね」

「ふむ。そうであるな」

「ありのままを見ていただくのが本懐かと愚考いたしましたので。ですが、もちろん必要な配慮はいたしますわ」

「配慮、ねぇ」

 

 ギョームは笑う。

 

「まあいい。殿下の兄君によい報告ができるよう、くれぐれも努力してくださいますようお願いしますよ」

 

 エレナは一拍置いて、頷いた。

 

「承知しておりますわ」

 

 ギョームは満足げに頷く。

 

 努力。

 その言葉は、親切の形をしている。

 

 でも中身は、「失敗したらお前のせいだ」という宣告だ。

 

 わたしは、笑顔のまま腹の底で舌打ちしたくなった。

 視察団の若者の一人が、近くにいた女生徒に声をかける。

 

「ねえ。オレの案内は君がやってよ」

 

 女生徒は戸惑いながら、周囲を見る。

 誰も助けない。

 

 助けたら、賓客に無礼。


 結局、女生徒は小さく頷いた。

 視察団の若者が、勝ったみたいに笑う。

 

「その役目、僕ではいけないかな?」


 ルナが、穏やかな声で割って入った。


 視線が集まる。

 女生徒は驚いたように目を見開き、視察団の若者は露骨に不機嫌そうな顔をした。


「は? なんだよお前。誰だ?」

「不躾をお許しください。生徒会所属のルナと申します。今回の視察にあたり、“学内案内の補助を任されていまして”」


 にこやかな笑み。


 もちろん、そんな役目は負っていない。

 だが、ルナの口調は一切それを悟らせないほど淀みがない。


「案内は、原則として生徒会が担当する取り決めになっております。混乱を避けるためにも、こちらで引き受けさせてください」


 視察団の若者が、鼻で笑う。


「別にいいだろう。この子は頷いてたぜ?」

「ええ。ですが」


 ルナは一歩だけ、さりげなく女生徒の前に立った。


「彼女は一般生徒です。来客対応の義務も、経験もありません。万が一、失礼があった場合……それは僕らの本意ではありません。Un vrai gentleman comprendrait(どうか紳士的なご配慮を)」


 言外に含まれた意味に、空気がぴんと張る。


 ――失礼があったら、誰の責任になる?


 さっきまで振りかざされていた「悪気はない」という免罪符が、今度は彼ら自身に返されている。


 若者は一瞬、言葉に詰まった。

 その様子を見てギョームは、口元を歪めて笑った。


「まあいい、そこまで言うなら任せようではないか。彼はなんとも殊勝な男のようだ……まるで学園を守る番犬だな」

「恐縮です。ベルネ卿」


 皮肉な言葉にも、ルナはにこやかに、一歩も引かない。


 ギョームが、こちらを見ていた。

 楽しげに。値踏みするように。


 ルナは軽く頭を下げた。


「……チッ」


 視察団の若者が、舌打ちまじりに肩をすくめ、女生徒は、ほっとしたように小さく息を吐いた。


 さすがはルナ。

 ……かっこよすぎる。


「助けられてしまいましたわね。ひとつ、借りておきますわ」


 エレナがわたしにだけ聞こえるように小さな声で囁くと、仕切り直すようにパン、と乾いた音で手を打った。


「さ、案内もよいですが、時間はたっぷりございます。まずはお部屋にお荷物をおろし、ささやかな歓迎会をお楽しみください」


 そうして、不穏な教育制度視察は幕を開けたのだった。

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