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わたしを攻略するなんて聞いてないんですけど!?  作者: 藤乃意
二章(開幕、これが共通√ですか!?)
26/34

10

 生徒会室。

 活動が始まるまで、皆それぞれ用事があるらしく、今日はわたしだけが先にやって来ていた。


 エレナもまだ不在のようで、室内にはわたし一人きりだ。


 自席に腰を下ろし、先に書類でも片付けておこうか、などと考えながら、何気なく会長席の方へ視線を向ける。


 会長席のさらに奥。

 エレナが私物を置いている、小さな机がある。


 ……その机のそばに、紙の束が落ちていた。


「なんだろ?」


 わたしは近くまで行き、それを拾い上げる。


 生徒会の書類にしては、紙が厚い。装丁も、文面も、どこか違う。

 申請番号も、会議用の符丁もない。


 無意識に、一枚だけ手に取ってしまう。


『王立学園教育制度視察に関する件』


 冒頭の一行を読んだ瞬間、わたしはわずかに眉をひそめた。

 

「……教育制度視察?」


 そんな話はこれまでに共有されていないし、そういった書類も目にした記憶はない。


 続く文面は、ひどく丁寧で、形式ばっている。

 だが、どこか“学内向け”ではない雰囲気があった。


 隣国の名が記されている。

 教育交流。

 制度の参考。

 将来的な留学生の受け入れ――。


 ……こんなの、シナリオにあったっけ?


 頭の中で、記憶を探る。

 共通ルート、それぞれの個別ルート、グランドルート――いや、ない。


 少なくとも、わたしが知っている範囲では。

 選択肢が出る場面も、分岐も、思い出せない。


「……」


 もちろん、一から十まで全てシナリオにあった出来事だけではない。

 だが、これは本筋に関係のない出来事にしては、妙に、重く手触りがはっきりしすぎているように思える。


 視線をさらに下へと滑らせる。


 後援者として書かれている名前は、ひとつだけ。


 ――エレオノール・ド・ルヴェリアン。


 生徒会の名前は、どこにもない。

 学園の印もない。


 代わりに、王家の印章が押されている……たぶん。


 ゲームの中で、何度か目にしたことがある。

 少なくとも、わたしの記憶にあるそれと同じ意匠をしている。


「もしかして……」


 はじめてアメリアと出会った礼拝堂のことを思い出す。

 

 おそらく、製作の都合で表に出なかった設定のこと。

 語られなかっただけで、ちゃんと“存在していた”ものごと。


 これも、そういう類のものだったりするのではないだろうか。


 会話の端で、エレナが何気なく口にしていた言葉が、脳裏をよぎる。


『政務関係で、少し立て込んでいましたので』


 疲れを隠すような、あの言い方。


 あれは、ただの雰囲気づくりじゃなかったのかもしれない。


 画面の端で、さらっと流される程度の話。

 深掘りされることもなく、理由も語られないまま、次に進む。


 でも、その裏側で、エレナがひとりで片づけていたものがあったとしたら……?


 そこまで考えたところで。


「お疲れ様です」


 扉の開く音と一緒に、声が落ちてきた。


「っ!?」


 思わず、肩が跳ねた。


 反射的に振り向くと、そこに立っていたのはエレナだった。


「お、おつかれさまです!」


 わたしは咄嗟に今まで見ていた書類を机に戻そうとして――

 

 指が滑った。


 ばさっ。


「あ」


 紙の束が、派手に床に散らばる。


 近づいてきたエレナの視線が、足元に落ちる。

 そこに広がる書類を一瞥して、エレナは額に手を当てた。


「……ああ」


 しまった、という表情。

 取り繕う前の、素の顔だった。


「そこに……落としてしまっていましたか」


 いつもは隙のない彼女にしては珍しく、失敗したな、という表情。

 エレナは一度だけ目を閉じ、それから静かに息を吐いた。


「失礼しました。少し、不注意でしたわね」


 そう言いながら、しゃがんで一緒に紙を拾い始める。

 隠す、というより“やってしまった”と理解した人の動きだった。


「えっと……」

 

 わたしも慌てて手伝いながら言う。

 

「これ、さっき見ちゃって……ごめんなさい」

「構いません」


 被せるように、即答。

 エレナは立ち上がり、紙を揃えた。


「学園関係の、ちょっとした雑事です。政務に近い内容なので、わたくしだけで対応します」


 それは軽い拒絶だった。そこには事務的な響きの冷たさがあった。

 

 そのとき、また扉が開いた。


「お疲れ様です!」


 アメリアが顔を出し、続けて、少し遅れてシリル。


「まだ始まっていなかったか」

 

 シリルの視線が、エレナの手元に止まる。

 

「……何かあったのか?」

「いえ」

 

 エレナはすぐに微笑んだ。

 

「なんでもありませんわ」


 だが、アメリアは床に残った紙の一枚に気づき、拾い上げる。

 軽く目を通してから。


「……学内の話ですよね? 生徒会が関わらなくていいんですか?」

「問題ありませんわ」

 

 エレナは即答する。

 

「皆さんを煩わせるほどの内容ではありませんので」


 その言葉に、シリルが眉をひそめた。


「なんだかよくわからないが……この前、アメリアが倒れたばかりだ」


 空気が、少しだけ変わる。


「仕事を一人で抱え込むのはよくない。少なくとも、生徒会として把握はしておくべきだろう」


 シリルの言葉に、アメリアの方へと視線を向けると、彼女と目が合った。

 

「……」

 

 わたしと目が合うと、アメリアが赤面して、慌てて視線を逸らす。

 先日の看病の一件以降、少々アメリアと気まずい雰囲気が流れていた。


 熱に浮かされていたとはいえ、恥ずかしかったらしい。

 

「そ、そうですよ! もしも倒れたら、ノネット様に看病されちゃいますよ! いいんですか!?」


 アメリア……?

 真意はわからないけれど、脅し文句みたいに言わないでほしい。


 ……わたしだってすごく恥ずかしかったのに。

 

「すまない、遅くなってしまった」

 

 そこへ、最後にもう一人。ルナが入ってくる。


「どうしたんだい、みんな?」


 ルナはわたしたちが立ちっぱなしで色々と問答をしているのを見て、問いかける。

 

 エレナは、一瞬だけ言葉を探すように視線を落とし、それから、ゆっくりと頷いた。


「分かりました」


 小さな、しかし確かな譲歩。


「では、概要だけは共有しておきますわ」


 そう言って、エレナはようやく書類を会議用の机に置いた。


 “一人で片づけるつもりだった出来事”が、“生徒会の議題”に変わった瞬間だった。


 わたしは、その様子を見ながら、胸の奥で小さく息を吐いた。


 皆でやる。

 それ自体は、きっと間違っていない。


 けれど。

 わたしの中には、拭いきれない引っかかりが残っていた。


 本来なら、エレナがひとりで片づけていたはずの出来事。

 いままでのパターンとも、どこか違う。

 介入することが正しいのかどうか――まだ、判断できなかった。


「……僕はこのまま話を聞けばいいのかな?」


 ルナが困惑気味に椅子へ腰を下ろす。


 わたしは曖昧に頷いて、視線を机の上に戻した。


 ……とりあえず、様子見。


 今は、聞く。

 皆と同じ顔をして。

 考えるのは、それからでいい。

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