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わたしを攻略するなんて聞いてないんですけど!?  作者: 藤乃意
二章(開幕、これが共通√ですか!?)
25/34

9

「……し、失礼しまーす」


 寮監に事情を説明し、鍵を開けてもらってから、そっとアメリアの部屋に入る。

 事前にシリルが話を通してくれていたのだろう。余計な詮索もなく、静かに通された。


 小さく息を整え、室内へ足を踏み入れる。


 ノックをしても返事はない。

 やはり、もう眠っているのだろう。


 夕暮れの光が、厚手のカーテン越しに淡く滲んでいる。

 薄橙色に染まった部屋は、静かで、なぜか、少しだけ落ち着かない。


 ベッドに近づくと、アメリアは静かに眠っていた。

 布団を胸元までかけ、浅い呼吸を繰り返している。


「……やっぱり、辛そう……」


 近づくだけで分かる。

 頬は熱を帯び、額には薄く汗がにじんでいた。


 そっと、額に手を伸ばす。


「……っ」


 指先に触れた肌は、思っていたよりずっと熱い。


 相当無理をしていたのだろう。

 倒れないほうがおかしかったのかもしれない。


 椅子を引いて腰を下ろし、熱に浮かされる彼女を案じながら、そっと手を引こうとした。


「……おかあ、さま……」


 ふいに漏れたかすかな寝言に、思わず息を呑む。

 あまりにも無防備で、弱々しいその声が、胸の奥をちくりと刺した。


 布団の中で、アメリアが小さく身じろぎする。

 何かを探すように、その指先が力なく宙をさまよった。


 わたしは反射的にその手を取り、布団の上へと戻してやる。


 ……そうだ、忘れていた。

 

 彼女は幼い頃に聖女として見出され、母と引き離された。そして、その母とはもう二度と会えない。

 ――物語の設定として知っていたはずのことが、今はひどく現実味を帯びて胸に落ちてくる。


 気がつけば、また無意識に手を伸ばしていた。

 熱に浮かされる頬へ触れる直前、アメリアの指が、きゅっとわたしの指に絡む。

 

「……だあれ……?」


 眠りに落ちたままの、幼い声。


「……ノネットです」


 囁くように、名前を告げた。


「ノネット……さま……?」


 彼女はゆっくりと、わたしの手の方へ身体を寄せてきた。

 まるで、そこが一番安心できる場所だと信じて疑わないように。


 ぼんやりと開いた瞳が、こちらを捉える。

 焦点は定まっていないけれど、確かに、わたしを捉えていた。


「……そばに……」


 掠れるような、必死な声。


 言葉の意味を噛みしめるより先に、細い指がわたしの袖をつまんだ。

 逃がさないとでも言うように、微かに力がこもる。


「……そばに、いていただけませんか……?」


 拒む理由なんて、考えつくはずもなかった。


「今夜は……ここにいますよ」


 そう答えると、アメリアは安心したように吐息を漏らす。

 ――けれど、それで終わりではなかった。


 彼女は、さらにゆっくりと距離を詰めてくる。


「……隣で……」

「え?」

「……添い寝、してください」


 か細く、けれど明確なそのお願いに、思考が一瞬で真っ白になる。


「……はっ! えっ!? え、えっと……!?」


 我に返ると、情けない声が漏れていた。


 あれれー? 添い寝なんてイベントあったかな……!?

 いや、断言できる。共通ルートはスキップしがちだったけれど、さすがにこれは記憶にない!


「あの、その」


 近い。近すぎる。

 顔の距離も、吐息の温度も、触れ合う熱も。

 

 逃げ出したい。だって、このままでは、どうにかなってしまいそうなのだ。


「……だめ、ですか……?」


 潤んだ瞳で見上げられて、思考が止まる。

 それは、反則でしょう……!


「い、いえ! だめじゃないですけど……その……!」

「お友達……ですから……だめ、ですか……?」

「そ、それは……」

「……お嫌ですか?」


 間髪入れず、追い打ちがかかる。


「い、いや! 嫌じゃないですけど! そうじゃなくて……!」


 抵抗を試みるものの、距離は縮まったままだ。


「……一緒に、いてくれませんか?」


 距離、ゼロ。


「……っ」


 ――だめだ。

 これは、完全に押し切られるやつだ。


「……ほ、ほんの少しだけですよ!? 本当に、少しだけですからね!?」

「……はい」


 わたしが半ばヤケクソ気味に叫ぶと、アメリアは満足げに目を細めた。

 そして安心しきったように、ゆっくりと瞼を閉じる。


 カーテン越しの色は、いつの間にか橙から深い藍へと溶け落ちていた。


 わたしは受け入れた手前、仕方なく布団の端をめくり、アメリアの隣に横たわる。

 同じ布団に入った瞬間、ふわりと甘い匂いが鼻をくすぐった。


 すずらんの花のように、控えめで、やさしい香り。


「……あ、暑くありませんか、アメリア様……?」


 呼びかけても、もう言葉での返答はない。

 代わりに、穏やかな寝息と、こちらに体をすり寄せてくる柔らかな感触。


 ――あ、猫だ。完全に、甘えるときの猫だ。


 そう思った瞬間、指先が吸い寄せられるように動いていた。

 そっと、乱れたアメリアの髪に触れる。


「……ん……」


 すると、喉を小さく鳴らして、彼女はさらに距離を詰めてきた。


「ちょ、ちょっと……!?」


 慌てて身を引こうとした、そのとき。


「ぎゅう……」


 逃げ場を塞ぐように腕を回され、胸元に顔を埋められた。

 いつもなら、どこか冗談めかして触れてくる彼女が今日は、ただ縋るように、わたしにしがみついてくる。


「……あたたかい……」


 くぐもった声が漏れる。


「ノネットさまの色は……ほんとうに……」


 その言葉に、ふと胸の奥がひやりとした。


 ――この世界で、ただひとつのファンタジー。


 アメリアは“聖女”だ。

 人の嘘や悪意を見抜く力を持っている。


 正確には――魂の揺らぎや色を、感じ取る力。


 なら、今この距離で。

 心臓の鼓動まで伝わるような、この触れ合いの中で。


 彼女には、わたしが“何者なのか”も、見えてしまっているのではないか。

 

 そんな不安が、一瞬だけ脳裏をかすめる。


「……おかあさま、みたい……」


 ぽつりと落ちた言葉に、思わず息を止めた。

 けれど、アメリアは目を閉じたまま、心底安心しきったように、ふっと微笑む。


「……やさしくて……あったかくて……」


 その声には、探るような響きも、疑うような色も一切なかった。

 ただ、眠気に溶けた、純粋な感情だけがそこにある。


 ――ああ。そういう意味じゃ、ないんだ。


 彼女が見ているのは、正体でも、違和感でもなくて。

 ただ、“今ここにいるわたし”なのだ。


 そう思った瞬間、胸の奥に張りつめていたものが、すとんと腑に落ちて、ほどけていった。

 じんわりと広がっていく温かさに、もう、逃げたいとは思わなかった。


「……だいすき」


 囁くような声。

 そこに計算はなく、ただ安らげる場所に辿り着いた幸福感だけが溢れていた。


 きっと、深い意味なんてない。

 けれど、わたしは何も言わず、その小さな体温をしっかりと受け止める。


 拒む理由なんて、どこにもなかった。


「……すぅ……」


 やがて、規則正しい寝息が聞こえ始める。

 熱はまだあるけれど、さっきまでの苦しそうな様子はもうない。


「……おやすみ、アメリア」


 ――ただ、二人だけの、静かな夜が流れていく。

あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。


どうでもいい予告ですが、1月中のどこで1章の文章の改稿を行う予定です(改めて読み返すと少々読みづらく……)

セリフ回しに変更はあるかもしれませんが、話の流れは変わりませんので、お時間とご興味があれば、ぜひ。改稿が終わりましたら、改めて後書きなどでお知らせします。

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