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わたしを攻略するなんて聞いてないんですけど!?  作者: 藤乃意
二章(開幕、これが共通√ですか!?)
24/34

8

 それは生徒会の仕事にも慣れてきたある日のこと。

 シリルがおもむろに問いかけた。


「……アメリア、体調がよくないんじゃないか?」


 言われてわたしはアメリアの顔をまじまじと見つめる。

 確かにどこか血色が悪いというか、疲れを感じさせる面持ちだった。

 

 さすがと言うべきか。

 シリルは、ヒロインの些細な変化を見逃さなかった。

 

「アメリアさん、仕事はありますけど、どれも今日明日というような急ぎのものではありませんわ。自己の体調を第一に考えてください」

「うん。確かにあまり顔色がよくないよ」


 エレナとルナもそれに同調する。

 

「そんなことはないですよ? ほら!」

 

 アメリアはそう言って、平気であることをアピールするように腕を回してみせた。

 けれど、その仕草が妙にぎこちない。


「いや、しかし……」

「いえいえ! ほんの少しだけ、気分が優れないってだけですよ! 辛くなったら、その時は早く寮に戻らせていただきます。だから、大丈夫です」

「……わかった。そこまで言うなら、」


 シリルが言いかけた、その時だった。


「ちょっと、待ってください」


 わたしは思わず口を挟んでいた。

 言葉が勝手に飛び出したんじゃないかと思うほど、自分でも驚くくらい、言葉がするりと出ていた。


「アメリア様、肩を強張らせて、指先が震えてますよね? それに、呼吸も浅くて速い」

「え……?」

「熱があるんじゃないですか……?」


 一瞬、場が静まった。


「本当に大丈夫です! あの……私、お茶を入れてまいりますね!」


 そう言って、アメリアは椅子に手をかけた。

 ――立ち上がろうとした、その瞬間だった。


「……っ」


 かすかに息を詰める音。

 身体がふらりと揺れて、背もたれに手をついたまま動きが止まる。


「アメリア!」

「アメリア嬢!」


 シリルとルナの声に、彼女は慌てて笑おうとした。


「だ、大丈夫です……急に立ち上がったのでちょっと、立ちくらみがしただけで……」


 けれど、その声には力がなく、視線もどこか定まっていない。


「……ダメです」


 思わず、声が漏れた。


「アメリア様、無理しないでください」

「本当に……平気、ですから……」


 そう言いながら、もう一度立ち上がろうとして――今度は、はっきりと身体が傾いた。


「危ない!」


 咄嗟に駆け寄り、腕を支える。

 そのまま、椅子に座り直させる形になった。


 触れた肩越しに伝わってくる熱が思ったよりも高くて、わたしは思わず顔を歪めた。


「……やっぱり、熱があるじゃないですか」


 そう言った自分の声が、少しだけ強張っているのを感じる。


「エレナ様。今日はもう、無理にでも休ませた方がいいです」

「そうですね。ですが、その前に一度、医務室へ連れていったほうがよいでしょう」

 

 エレナの判断は早かった。


「シリル君、悪いけど肩を貸してあげて。アメリアさん、無理に歩こうとしなくてよいですわ」

「は、はい……すみません……」


 そう答える声は弱々しく、さっきまでの無理に明るい調子はどこにもなかった。


 シリルがそっと手を差し出すと、アメリアは一瞬ためらったあと、その腕に体重を預けた。

 思った以上に力が入っていないのが、傍目にもわかる。


 医務室へ向かうふたりの背中を、思わず追いかけそうになった。


「わたしも――」


 声が出かけた、その時。


「ノネット様」


 アメリアが、かすかに振り返る。

 顔色はまだ悪いままなのに、それでも無理に笑おうとしていた。


「大丈夫です……医務室に行ったら、そのまま大人しく休ませていただきますから」

「でも……」

「シリル様もついてくれていますし……本当に、大丈夫です」


 その言葉に、言い返せなかった。


 心配だからと追いすがるのは違う。

 それくらいのことは、わかっている。


 アメリアはもう一度、小さく頭を下げると、シリルに支えられながら生徒会室を出ていく。

 扉が閉まる音が、やけに遠くに聞こえた。


「……」


 取り残された生徒会室に、静けさが戻る。

 誰も、すぐには口を開かなかった。


「……そういえば」


 沈黙を破ったのは、ルナだった。


「今は、聖還節だったね」


 その一言で、ようやくわたしは思い至る。


「……あ」


 思わず、声が漏れた。


 そうだ。聖還節。

 

 それは、教会の行事で、約一か月半に渡る聖還祭の準備期間。

 聖還祭の方は、アメリアルートでなければ大きく扱われないが、聖還節にアメリアが倒れるのは“正しいシナリオ”だった。


 ならば、本来ここは安心する場面だ。


 アメリアは医務室へ行き、シリルが付き添ってくれている。

 それは、ゲームの中でも何度も見てきた流れで、特別なことでも、想定外でもない。


 ……なのに。


「……」


 胸の奥が、どうにも落ち着かなかった。


 “正しいシナリオ”。

 アメリアは数日もせず、すぐに元気になる。


 そう分かっているのに、どうしてか、素直に「よかった」と思えない。


 さっきのアメリアの、無理に作った笑顔がふと浮かぶ。

 どこかで見たことがあるような気がして、妙にわたしの心をざわつかせた。


 静かな生徒会室に、再び声が落ちる。


「学園のことに、生徒会に、聖還節まで……少々無理をしていたんだろう」


 ぽつりと、ルナが言った。


「アメリアさんも、真面目な方ですからね」


 エレナが小さく息を吐く。


「全部、きちんとやろうとしていたのでしょう。わたくしの配慮が、足りませんでしたわ」


 王族である彼女は、聖還節や聖還祭の重みもよく知っている。

 立場上、アメリアが無理をする可能性にも、思い当たる節はあったはずだ。


「……いや」


 ルナが、静かに言った。


「会長がすべてを把握して、先回りするなんて無理な話だ。それを言うなら、僕だって気づけたはずです」


 一拍置いて、肩をすくめる。


「結局のところ、ちょっとしたすれ違いだと思います。誰かが悪い、なんて話じゃない」


 エレナは一瞬だけ目を伏せ、ゆっくりと頷いた。


 そのとき、廊下の奥から、足音が近づいてきた。


「……戻った」


 扉が開き、シリルが顔を出す。


「医務室で診てもらった。発熱と疲労だそうだが、大事はない。今日しっかり休めば、明日には動けるだろうって」


 その言葉に、室内の空気がわずかに緩む。


「そうですか、少しだけ安心しましたわ」


 エレナが安堵の息をつく。

 

「つい最近、どこかで似たような話を聞いたね」

「……あっちは、ケガでしたけどね」


 ルナの軽口に、わたしも、ようやく肩の力を抜いた。


 ――やっぱり、シナリオ通りだ。

 心配しすぎだったのかもしれない。


「ただ……」


 シリルが、少しだけ言いづらそうに言葉を継いだ。


「今夜は、できれば誰かが様子を見ていたほうがいいそうだ。無理をするとぶり返す可能性があるらしいから、見張りの意味でもな」

「なるほど……」


 エレナが腕を組む。


「では、看病役が必要ですわね」


 その一言で、空気が一瞬止まった。


「……シリルが行くのが一番自然じゃないですかね?」


 わたしは“シナリオ”のことを踏まえ、そう口にした。


「さっきまで付き添ってたし」


 二の句でそう補足すると、視線がシリルに集まる。


「いや……」


 シリルは少し困ったように頭をかいた。


「男が夜通し女子寮にいるのはまずいだろう」

「なっ……」


 思わず言葉に詰まる。


 ド正論を言われてしまった。

 ゲームでは当たり前のようにシリルが看病していたはずなのになぜ!?

 

「いくら緊急とはいえ、男性が一晩中というのは問題になりますわね」

 

 エレナが頷く。


「……となると、だ」


 そこで、ふっとルナがこちらを見る。

 

 嫌な予感がした。


「むしろ、エット。君が行ってあげるのが一番いいんじゃないか?」

「え……?」


 間の抜けた声が出る。


「え、わ、わたしですか!?」

「アメリア嬢も、君なら気を許しているだろう?」


 ぐっと言葉に詰まる。


「適任ですわね」


 エレナがやわらかく微笑んだ。


「何より、貴女が一番心配していたでしょう?」


 でも、確かに否定できる理由が、どこにもなかった。

 シリルは言わずもがな、ルナとて男ということになっている。エレナは……絶対になしではないが、王族であり、アメリアとは先輩後輩という間柄。

 

 冷静に考えれば考えるほど、わたし以外の選択肢はなかった。


 一斉に向けられる視線に、逃げ場はなかった。


「……わかりました」


 観念して、肩を落とす。


 もちろん、嫌なわけじゃない。

 けれどシナリオ的に、本当に、これでいいのだろうか。


 そんな思いを抱えたまま、生徒会を終え、わたしはアメリアの待つ女子寮へ向かうことになった。

年内の目標通り投稿することができました。前話後書きで予告した通り、前後編になりそうです。

後編は年明け、1/2~1/3頃……?(早ければ1/1中に投稿するかもです)


いつも読んでくださる皆様、閲覧本当にありがとうございます。


2025年も残すところ本日だけとなりますが、どうかよいお年をお迎えください。


来年も引き続き投稿していきますので、よろしくお願い致します<(_ _)>

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