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それは生徒会の仕事にも慣れてきたある日のこと。
シリルがおもむろに問いかけた。
「……アメリア、体調がよくないんじゃないか?」
言われてわたしはアメリアの顔をまじまじと見つめる。
確かにどこか血色が悪いというか、疲れを感じさせる面持ちだった。
さすがと言うべきか。
シリルは、ヒロインの些細な変化を見逃さなかった。
「アメリアさん、仕事はありますけど、どれも今日明日というような急ぎのものではありませんわ。自己の体調を第一に考えてください」
「うん。確かにあまり顔色がよくないよ」
エレナとルナもそれに同調する。
「そんなことはないですよ? ほら!」
アメリアはそう言って、平気であることをアピールするように腕を回してみせた。
けれど、その仕草が妙にぎこちない。
「いや、しかし……」
「いえいえ! ほんの少しだけ、気分が優れないってだけですよ! 辛くなったら、その時は早く寮に戻らせていただきます。だから、大丈夫です」
「……わかった。そこまで言うなら、」
シリルが言いかけた、その時だった。
「ちょっと、待ってください」
わたしは思わず口を挟んでいた。
言葉が勝手に飛び出したんじゃないかと思うほど、自分でも驚くくらい、言葉がするりと出ていた。
「アメリア様、肩を強張らせて、指先が震えてますよね? それに、呼吸も浅くて速い」
「え……?」
「熱があるんじゃないですか……?」
一瞬、場が静まった。
「本当に大丈夫です! あの……私、お茶を入れてまいりますね!」
そう言って、アメリアは椅子に手をかけた。
――立ち上がろうとした、その瞬間だった。
「……っ」
かすかに息を詰める音。
身体がふらりと揺れて、背もたれに手をついたまま動きが止まる。
「アメリア!」
「アメリア嬢!」
シリルとルナの声に、彼女は慌てて笑おうとした。
「だ、大丈夫です……急に立ち上がったのでちょっと、立ちくらみがしただけで……」
けれど、その声には力がなく、視線もどこか定まっていない。
「……ダメです」
思わず、声が漏れた。
「アメリア様、無理しないでください」
「本当に……平気、ですから……」
そう言いながら、もう一度立ち上がろうとして――今度は、はっきりと身体が傾いた。
「危ない!」
咄嗟に駆け寄り、腕を支える。
そのまま、椅子に座り直させる形になった。
触れた肩越しに伝わってくる熱が思ったよりも高くて、わたしは思わず顔を歪めた。
「……やっぱり、熱があるじゃないですか」
そう言った自分の声が、少しだけ強張っているのを感じる。
「エレナ様。今日はもう、無理にでも休ませた方がいいです」
「そうですね。ですが、その前に一度、医務室へ連れていったほうがよいでしょう」
エレナの判断は早かった。
「シリル君、悪いけど肩を貸してあげて。アメリアさん、無理に歩こうとしなくてよいですわ」
「は、はい……すみません……」
そう答える声は弱々しく、さっきまでの無理に明るい調子はどこにもなかった。
シリルがそっと手を差し出すと、アメリアは一瞬ためらったあと、その腕に体重を預けた。
思った以上に力が入っていないのが、傍目にもわかる。
医務室へ向かうふたりの背中を、思わず追いかけそうになった。
「わたしも――」
声が出かけた、その時。
「ノネット様」
アメリアが、かすかに振り返る。
顔色はまだ悪いままなのに、それでも無理に笑おうとしていた。
「大丈夫です……医務室に行ったら、そのまま大人しく休ませていただきますから」
「でも……」
「シリル様もついてくれていますし……本当に、大丈夫です」
その言葉に、言い返せなかった。
心配だからと追いすがるのは違う。
それくらいのことは、わかっている。
アメリアはもう一度、小さく頭を下げると、シリルに支えられながら生徒会室を出ていく。
扉が閉まる音が、やけに遠くに聞こえた。
「……」
取り残された生徒会室に、静けさが戻る。
誰も、すぐには口を開かなかった。
「……そういえば」
沈黙を破ったのは、ルナだった。
「今は、聖還節だったね」
その一言で、ようやくわたしは思い至る。
「……あ」
思わず、声が漏れた。
そうだ。聖還節。
それは、教会の行事で、約一か月半に渡る聖還祭の準備期間。
聖還祭の方は、アメリアルートでなければ大きく扱われないが、聖還節にアメリアが倒れるのは“正しいシナリオ”だった。
ならば、本来ここは安心する場面だ。
アメリアは医務室へ行き、シリルが付き添ってくれている。
それは、ゲームの中でも何度も見てきた流れで、特別なことでも、想定外でもない。
……なのに。
「……」
胸の奥が、どうにも落ち着かなかった。
“正しいシナリオ”。
アメリアは数日もせず、すぐに元気になる。
そう分かっているのに、どうしてか、素直に「よかった」と思えない。
さっきのアメリアの、無理に作った笑顔がふと浮かぶ。
どこかで見たことがあるような気がして、妙にわたしの心をざわつかせた。
静かな生徒会室に、再び声が落ちる。
「学園のことに、生徒会に、聖還節まで……少々無理をしていたんだろう」
ぽつりと、ルナが言った。
「アメリアさんも、真面目な方ですからね」
エレナが小さく息を吐く。
「全部、きちんとやろうとしていたのでしょう。わたくしの配慮が、足りませんでしたわ」
王族である彼女は、聖還節や聖還祭の重みもよく知っている。
立場上、アメリアが無理をする可能性にも、思い当たる節はあったはずだ。
「……いや」
ルナが、静かに言った。
「会長がすべてを把握して、先回りするなんて無理な話だ。それを言うなら、僕だって気づけたはずです」
一拍置いて、肩をすくめる。
「結局のところ、ちょっとしたすれ違いだと思います。誰かが悪い、なんて話じゃない」
エレナは一瞬だけ目を伏せ、ゆっくりと頷いた。
そのとき、廊下の奥から、足音が近づいてきた。
「……戻った」
扉が開き、シリルが顔を出す。
「医務室で診てもらった。発熱と疲労だそうだが、大事はない。今日しっかり休めば、明日には動けるだろうって」
その言葉に、室内の空気がわずかに緩む。
「そうですか、少しだけ安心しましたわ」
エレナが安堵の息をつく。
「つい最近、どこかで似たような話を聞いたね」
「……あっちは、ケガでしたけどね」
ルナの軽口に、わたしも、ようやく肩の力を抜いた。
――やっぱり、シナリオ通りだ。
心配しすぎだったのかもしれない。
「ただ……」
シリルが、少しだけ言いづらそうに言葉を継いだ。
「今夜は、できれば誰かが様子を見ていたほうがいいそうだ。無理をするとぶり返す可能性があるらしいから、見張りの意味でもな」
「なるほど……」
エレナが腕を組む。
「では、看病役が必要ですわね」
その一言で、空気が一瞬止まった。
「……シリルが行くのが一番自然じゃないですかね?」
わたしは“シナリオ”のことを踏まえ、そう口にした。
「さっきまで付き添ってたし」
二の句でそう補足すると、視線がシリルに集まる。
「いや……」
シリルは少し困ったように頭をかいた。
「男が夜通し女子寮にいるのはまずいだろう」
「なっ……」
思わず言葉に詰まる。
ド正論を言われてしまった。
ゲームでは当たり前のようにシリルが看病していたはずなのになぜ!?
「いくら緊急とはいえ、男性が一晩中というのは問題になりますわね」
エレナが頷く。
「……となると、だ」
そこで、ふっとルナがこちらを見る。
嫌な予感がした。
「むしろ、エット。君が行ってあげるのが一番いいんじゃないか?」
「え……?」
間の抜けた声が出る。
「え、わ、わたしですか!?」
「アメリア嬢も、君なら気を許しているだろう?」
ぐっと言葉に詰まる。
「適任ですわね」
エレナがやわらかく微笑んだ。
「何より、貴女が一番心配していたでしょう?」
でも、確かに否定できる理由が、どこにもなかった。
シリルは言わずもがな、ルナとて男ということになっている。エレナは……絶対になしではないが、王族であり、アメリアとは先輩後輩という間柄。
冷静に考えれば考えるほど、わたし以外の選択肢はなかった。
一斉に向けられる視線に、逃げ場はなかった。
「……わかりました」
観念して、肩を落とす。
もちろん、嫌なわけじゃない。
けれどシナリオ的に、本当に、これでいいのだろうか。
そんな思いを抱えたまま、生徒会を終え、わたしはアメリアの待つ女子寮へ向かうことになった。
年内の目標通り投稿することができました。前話後書きで予告した通り、前後編になりそうです。
後編は年明け、1/2~1/3頃……?(早ければ1/1中に投稿するかもです)
いつも読んでくださる皆様、閲覧本当にありがとうございます。
2025年も残すところ本日だけとなりますが、どうかよいお年をお迎えください。
来年も引き続き投稿していきますので、よろしくお願い致します<(_ _)>




