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「いたた……ってシリル! ごめん! 大丈夫!?」
「大事ない。そっちこそケガはないか?」
すぐ近くで、シリルの低い声が聞こえる。
「扉は!?」
「……ダメだ、開かない。弾みで掛金が落ちたみたいだな」
暗闇の中で、がちゃがちゃと扉を弄る音が響く。けれど、返ってくるのは重い鉄の拒絶音だけだった。
はい。無事、“閉じ込め展開”発生です。
……これって、わたしのドジですか。シナリオの強制力的なアレですか……?
「大丈夫。化粧板は外してあるし、扉の前にはランプも置きっぱなしだ。じきに誰かが気付いてくれるさ」
放心しているわたしが、不安を感じていると思ったのか、シリルが明るい声で元気づけてくれる。
「最悪、これぐらいなら蹴破れるだろうが……それは最終手段にしよう」
「学校の設備だもんね……」
カビと埃の匂いが充満する、狭く暗い空間。しばし居心地の悪い沈黙が流れる。
強制的に腰を据えて話す場を用意されてしまった今になっても、わたしは彼になにを語りかけていいのかわからない。
襲われるようなことを警戒しているわけではない。
R18ゲームとはいえ、序盤からそういう流れにはならないし、ゲームではその……むしろヒロインの方から迫ってたしね。
「……」
それに、別に彼が嫌いというわけでもない……というか、普通にいいヤツで邪険にしづらい。
もちろん、攻略されるのは勘弁願いたいんだけど!
ただ、画面越しではなく、目の前にいる彼にどう接すればいいのか。
わたしにはまだ、それがよくわからなかった。
「なあ、ノネット」
「っ! はい! なんでしょうか!?」
「やはり、俺の存在は迷惑だろうか?」
それは核心にも近い問いだった。
「……迷惑、とはちがうんです」
膝を抱えながら答える。
……嘘じゃない。ただ、わからないだけで。
「遠慮はいらない。俺だって、小さなときみたいに立場や身分を気にせず、君といられるとは思っていない」
ただ、と彼は続ける。
「ずっと、お礼が言いたかったんだ。本当に、それだけなんだ。ちゃんとしたお礼を」
「……」
「ありがとう、ノネット。あの時、俺を助けてくれて……そして、自己満足を押し付けて、すまない」
再び沈黙が流れる。
「……ごめん。そのお礼は、受け取れない」
「……なぜだ?」
「訳わかんないと思うけど! そのお礼を適当に受け取って、ヘラヘラしながらシリルと付き合っていくことだって、きっとできるんだけど!」
必死に言葉を継ぐ。シリルの戸惑った顔が痛い。
「シリルはお礼を自己満足だって、言ってたよね? わたしのこれも、たぶん同じなんだ」
「君の……?」
「でも、それはわたしの受け取っていいお礼じゃないから! だから、ごめんなさい」
「……そうか」
シリルは短く、熱を逃がすように息を吐いた。
「じゃあ、礼としてじゃなくてさ」
彼は暗闇の中で、わたしの視線と同じ高さまで身を低くした。
「改めて、友達になってくれないか?」
「え……友達?」
「ああ。礼を受け取ってもらえない理由は、やっぱり正直よくわからない。でも、本人が受け取れないと言うなら、それを無理に押し付けることもしたくない」
彼はそこで一度言葉を区切る。数秒空けて、ふたたび言葉を紡いだ。
「……なら、新しい関係を始めたいってお願いなら、今のノネットでも受け取ってもらえるかと思ったんだけど……どうだ?」
目が慣れてきて、闇の中、シリルが右手を差し出すのがわかった。
「それなら……いいの、かな?」
「なんで疑問形なんだ? ……どうあれ、友達になってくれたら、俺は嬉しいよ」
わたしはその手を、躊躇いがちに取る。
彼の言葉はどこまでも気遣いに満ちていた。
「改めてよろしく、ノネット」
――だというのに、わたしはどこまでも不誠実だ。
その手を取ったのは、きっと、純粋に彼と交友関係を築きたいと思ったからだけではない。
わたしはわたしの大好きなヒロインたちを不幸にしたくないのだ。それには彼の存在が必要不可欠なわけで。
そこに打算的な感情があるのではないか。自身に向けるその疑念だけは、どうしても拭えなかった。
「そもそも、ノネットだけじゃなくて全員とちゃんと仲良くしたいんだけどな……」
「はは……なんかごめんね」
わたしが余計なことをしなければここまでシリルが塩対応されることもなかったろうに。
彼には負い目が増えていくばかりだ。
「? なぜ謝る? ……まさか俺についてあることないこと吹き込んだとか」
「そんなことしないよ!」
「冗談だ。とにかく俺が馴染めるように協力してくれたら助かるよ」
それは、願ってもない申し出だった。
「……それは、うん。もちろん!」
「さしあたって、どうすればあのふたりは警戒を解いてくれるだろうか……」
言われて、初日の会話を思い出す。
少なくとも、これからよろしくやっていこうという者同士の会話ではなかった。
「うーん……あ! シリルの本音をぶつけてみたらどうかな?」
「本音?」
「さっき、わたしに色々言ったみたいに、心から思ってることをちゃんと言葉にする……みたいな?」
「……ストレートに思ったことを伝えてみたらどうかってことか?」
「うん。シリルがみんなを気遣ってくれてるのは知ってるからね」
「そんな大層なものでもないさ。だけど、ありがとう……参考にしてみよう」
そして、ぽつりぽつりと他愛のない話をして、しばらく。
外から、足音が聞こえてきた。おそらく、ルナたちだろう。
『……ルナ様、これ』
低く、訝しげな声。
続いて、布が擦れるような音と、小さな金属音。
『……ランプと、壁に……扉でしょうか?』
アメリアの声だった。
あ、気づいてくれた。
そりゃそうだ。
この場所に、火の入ったランプが転がっているなんて、どう考えても不自然だ。
『多分あのふたりなんだろうけど……見当たらないね』
今度はルナ。
外で、何かを確かめるような音がする。
いやいやそれより、何をボーっとしているわたし。早く存在をアピールして救出してもらわなければ。
「ル……」
喉まで声が出かかって、けれど、そこで一瞬だけ躊躇した。
……あれ? 今、声をかけたとして、この状況をどう説明すればいいんだっけ。
閉じ込められて、シリルとふたりきり。
しかも、よりにもよってこんな密室で。
わたしは変な誤解をされる気がして、言葉が詰まる。
「……」
迷いが、一瞬だけ判断を遅らせた。
その隙を突くように、指で扉を軽く叩くような、控えめな音がした。
『……もしかして』
扉の向こうで、気配が止まる。
『エット……そこにいるのかい?』
その声は、驚きよりも確認に近かった。
わたしは小さく息を吸ってから、扉に向かって声を出す。
――どのみち、誰かに出してもらうしかないのだ。
「……います」
一瞬の静寂。それから。
『……やっぱり』
という、妙に納得した声が返ってきた。
相変わらず、わたしの印象がひどいのは気のせいだろうか。
『なるほど。掛金が落ちてるのか、どうせ君のことだから滑って転んで閉じ込められてしまったとか、そんなオチ――』
ギイッと軋みを上げて扉が開かれる。
そして、わたしたちふたりを認めた瞬間、ルナの顔が固まった。
「き、君たち……こ、こここ、こんな密室で何を!」
「ノネット様ぁ!? いつの間にそんな不潔な関係に!」
「いや、誤解ですからね!?」
予想通り過ぎる反応を示すルナとアメリア。
その後、誤解を解くのに小一時間ほど要したのは、また別のお話。




