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わたしを攻略するなんて聞いてないんですけど!?  作者: 藤乃意
一章(転生、わたしがヒロインですか!?)
2/11

1

「……はっ!」


 理解が追い付かずベッドの中で悶々としているうち、いつしか眠りに落ちていたらしい。規則的なノック音でわたしは目を覚ました。

 見知らぬ天井。いまだ夢は覚めてはいないようだ。そしてどうやら、訪問者らしい。


『エット。起きてるのかい? 今朝は随分遅いけど』


 エット。それはノネットちゃんの愛称だ。Nonetteの後半部分だけとってetteエット

 あばばば。どうするどうする。今ノネットちゃんの知り合いに会うのはマズイ。いくら見た目が美少女でも中身は完全に別人だ。普段と違う口調や言動、仕草などから不審に思われるかもしれない。夢の中とはいえ、周囲からのノネットちゃんの印象を損なうわけにはいかない。我が信念に掛けても。

 正直なところ、声でなんとなく誰かは察している。だから100%疑いの眼差しを向けられる。わたしが何周このゲームをやったと思っているのだ。ヒロインズの美声など親の声の次に親しみ深いくらいだ。


「お、起きてます……わよ!」

『わよ? もしかして体調が悪いのかい?』


 本当に心配してくれているのだろう。気遣いの声音に多少の後ろめたさを感じはするが、ここは乗らせてもらうことにしよう。


「そうなの! 朝から頭が悪くて!」

『ははは、冗談を言えるくらいには元気なようだ』


 冗談を言ったつもりはないが……何か、おかしかっただろうか。


『わかった、先生には伝えておこう。お大事に――ma petite reine(私のかわいいお姫様)』


「…………はぁ〜」


 足音が遠ざかったのを確認して、自分でも気付かぬうちに止めていた息を吐き出した。

 ノネットちゃんの名誉の為とはいえ、やはり、直接顔を見て話せないのは非常に残念だ。もちろん、声や口調だけで誰かを察してはいたのだが、最後に残したその特徴的な言い回しで、正体を確信する。

 

「あれは紛れもなくルナ様!」

 

 顔よし、家柄よし、性格よし。誰もが憧れる学園の王子様――ルナ・ド・モントルヴァル。名門軍閥モントルヴァル公爵家の嫡女にしてこの『青空』のヒロインのひとりでもある。

 彼女は諸事情により"男"としてこの学園に通っている。つまり、男装ヒロインというやつだ。

 普段、ルナは彼女なりの"名門貴族の嫡男像"を演じているのだが、その実、自分自身が吐き出す歯の浮くようなセリフの数々に内心はめちゃくちゃ恥ずかしがっていたりする。

 先程ノネットちゃんに掛けた言葉も心からの心配であると同時に内心では恥ずかしくて叫んでいたに違いない。今晩寝るときなんて枕に顔を埋めて悶えているかもしれない。なんといじらしいのだろうか。


「さて……ノネットちゃんには悪いけど、誰かに見つからないようにしながら学内を散策しましょう。これは譲れない」


 テーマパークに来て何もしないで帰るなんてわたしにはできない。この目で見たいところは山ほどあるのだ……!

 本当は街にも出てみたいけど、道もわからないし、外出に許可が必要だったような。ちらりとフレーバーテキストにそんなことが書いてあったような、なかったような?


「ごめん……ごめんね……許してノネットちゃん」


 毎日心の中で感謝の正拳突きを1万回するから。バレたら体調が悪くて保健室に向かっていた、とでも言えば良いだろう。

 普段めちゃくちゃいい子なんだから先生も信じてくれるはずだ。


「そういえば、今は何月何日なんだろ?」


 システム的にも日付は表示されていたはず……暦の考え方は太陽暦でよかったと思うが、何月であるのかは非常に重要だ。


「できれば水着イベントあたりを拝みたい」


 だけど、部屋の気温からしても夏……という感じはしない。肌寒さを感じるくらいだから、3月あるいは10月頃だろうか。

 ヨーロッパ風の世界観。しかし、気候は日本基準だったはずだ。こういうことはよくあるのだ、気にしてはいけない。

 

 閑話休題。入学前後と秋ではイベントもまた違ってくる訳で、日時の把握は必要不可欠なのだ。

 部屋を見回してもカレンダーらしきものはない。ホントどうなってんだよこの部屋は!


「仕方ない。とりあえず外に出れば何かわかるはず!」


 草木の色とか日の長さとかそういうので何となくわかるだろう。

 うん、どうせ夢の中だしなんかうまい具合になんとかなるだろう。案ずるより産むが易しである。

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