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わたしを攻略するなんて聞いてないんですけど!?  作者: 藤乃意
二章(開幕、これが共通√ですか!?)
19/35

3

 ――

 ――――


 ――わたしの意識は、重く暗い場所へと沈んでいた。

 

 わたしは、これを知っている。

 かつて画面越しに見て、数日間ゲームに向かう気力を奪われたあの悲痛な場面。

 『青い、青い空。』の、誰も救われない、灰色のエンディングたち。


 ――視界が、セピア色に染まる。

 豪華だが冷たい部屋で、ルナが窓の外を見つめていた。

 身にまとっているのは、彼女が愛した騎士の白銀の鎧ではない。フリルとレースで飾り立てられた、豪奢なドレスだ。

 

 政略結婚の道具として、自由な空を奪われた「籠の鳥」。

 その美しい翠眼からは光が失われ、かつての凛々しい輝きは見る影もない。

 

 ――場面が変わる。今度は、凍えるような冷気が肌を刺す。

 人里離れた、北の果ての修道院。冷たい石造りの小部屋で、アメリアが一人、祈りを捧げていた。

 幽閉され、誰と言葉を交わすことも許されない。

 

 あんなに優しく、誰かに寄り添うことを愛した彼女が、永遠の孤独の中で、擦り切れた聖典だけを友として老いていく「孤独な殉教」。

 その背中はあまりに小さく、震えていた。


 ――そして、最後の光景。埃っぽい、忘れ去られた離宮の一室。

 かつて王家始まって以来の才媛と謳われたエレナが、粗末な椅子に腰掛けていた。

 政争に敗れ、王位継承権も、王女としての誇りも、名前さえも奪われた「敗北者」。

 

 かつて知略を巡らせたその聡明な瞳は、今は何も映していない。

 ただ、過ぎ去った栄光の幻影を追うように、虚空を見つめて静かに微笑んでいるだけ。

 

「……っ」


 そこで、ふっと意識が引き戻される。

 

 ――

 ――――


「あら。お目覚め?」


 頭上から降ってきたのは、鈴を転がすような、けれどどこか楽しげなソプラノ。

 視界を埋め尽くしたのは、陽光を反射してキラキラと輝く、エレナの金色の髪だった。


「あ、れ……?」

「怖い夢でもみましたの?」


 気遣うように。

 エレナが、わたしの頬に残った涙の筋を指先でそっと拭ってくれる。


 ……わたし、寝ながら泣いてたんだ。


「疲れていると、そういう夢を見やすいといいますからね」


 わたしは再び髪を撫でられる。

 その優しい感触が、逆に胸を締め付けた。


 さらりとした声音。

 深追いしない優しさ。


 その距離が、ほんの少しだけ、近い。

 近くて、心地よくて、だからこそ。


 脳裏で、さっきの光景が、静かに尾を引いていた。


 それはルナが攫われてから、ずっと、心のどこか澱のように残り続けていた、暗澹とした、形のない何か。

 わたしの不用意な振る舞いや言葉が。その一つひとつが、波紋のように物語を歪め、いつか彼女たちをあの絶望的な終焉へと押し流してしまうのではないか。


 ――そんな不安が、形になっただけなのかもしれない。


「しかし、わたくしに膝枕されながら悪夢とは」


 くすっと、エレナが笑う。


「ずいぶん贅沢な小犬さんですわね」


 そう言われたその瞬間、まだ半分微睡みの中にいたわたしの意識はハッキリと覚醒を果たす。

 色々とテンパっていて気づかなかったけど、わたしはいま大好きなヒロインのひとりに膝枕をされているのだ。

 

 大好きなヒロインに、膝枕をされている……?

 ――大好きなヒロインに膝枕をされている!?

 

 頬に触れるエレナの体温は柔らかく、鼻孔をくすぐるのは白檀のような甘い芳香。


 本当は今すぐ飛び起きるべきなのだろう。なのに、一度知ってしまった安らぎはあまりに強力だ。

 

 目の前の美しすぎる彼女から零れる、慈愛に満ちたオーラ。この状況って、控えめに言って天国では?

 そして、天国にいる優しさの化身なのだから、つまりエレナは――。


「……天使?」

「寝ぼけていますの? 自分を犬扱いした相手を天使と呼ぶなんて、独特な感性ですわね……」


 呆れ顔のエレナ。

 鼻先をやさしくペチンと弾かれる。


「あいたっ!」

「全く……少しは休めましたか?」

「はい、おかげさまで!」


 元気に答える。

 これは、本当だ。今朝の疲れが嘘のように、頭はスッキリとしていた。


「それは重畳。さ、起きたのなら生徒会室に行きますわよ」

「はい、生徒会室に……ってもうお昼ですか!? すみません、わたしどれだけ寝て……!?」


 生徒会室、ということはもう放課後であろう。

 新学期でしばらくは短縮授業だから、午後にはもう放課後なのだけれど、それでも3時間くらいは寝ていた計算だ。

 

「生徒の規範となるべき生徒会役員が新学期からふたりしてサボりなんて、前代未聞でしょうね〜」

「……う。す、すみません」

「ふふ、冗談ですわ。生徒会はそういうところも融通がきくのですよ」


 立ち上がるエレナの背中を見ながら、わたしは小さく息を吐く。

 

 まだ、“わたし”が“ノネット”としてどうしたらいいのかはわからないけど、これだけはハッキリといえる。

 ――わたしは、彼女たちの物語をバッドエンドにだけはしたくない。

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