表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
わたしを攻略するなんて聞いてないんですけど!?  作者: 藤乃意
二章(開幕、これが共通√ですか!?)
18/34

2

「ノネットさん……?」


 あてどなくさまよい、たどり着いた礼拝堂のベンチで顔を伏せていたわたしは、不意に名前を呼ばれてびくりと肩を揺らした。

 いつの間に側にいたのか、顔を上げると、そこにはエレナが立っていた。


「うぐ……ぐすっ……」

「……何を、そんなに泣いて、」

「ずびっ……」

「ノネ――」

「ふぇえん……」


 そこで、ため息混じりの声が落ちてくる。


「ああ、もう。隣、座りますわよ」


 そういって、エレナは綺麗な所作でわたしの隣に腰を下ろした。

 

「ほら、顔を向けて」

「……はい」


 両頬をとられ、強制的にエレナの方を向かされる。彼女は少し困ったように眉を寄せていた。

 ハンカチをスカートから取り出すと、汚れるのもいとわず、わたしのぐしゃぐしゃの顔をやさしく拭ってくれる。

 

 ――いや、ほんとご迷惑をお掛けします。もう情緒が行方不明でして……自分でもわけがわからず。


「ひどい顔ですわね。目の下に、くっきりクマまでできて」

「……あまり、眠れてなくて」

「そうでしょうね。顔に全部書いてありますわ」


 怒るでもなく、笑うでもなく。

 ただ、呆れたように言われる。


「何か、心配事でも?」

「……色々です」

「色々って……まあ、そうですわよね」


 昨日、一昨日のことを思い何となく察しはしたのだろう。

 エレナは小さく息を吐く。


「それで?」

「それで? ……とは?」

「いっぱいいっぱいなのはわかりました。全部話せとは言いませんけど、でも、話せる形にできるなら……聞かせてみなさい」


 どう話したものか。わたしは迷ってしまい、しばし無言になってしまう。


「……そうね。じゃあ、人から聞いた話とか、例え話をしてみるのはどうかしら」


 それをどう受け取ったのか、エレナは話しやすいようにそう提案してくれた。

 促されて、わたしは言葉を選ぶ。


「台本も、幕の流れも、結末も――すべて決まっている、有名な演目があるとしますね」

「ええ」

「誰もが知っていて、観客も“その通りに進む”ことを期待している劇」


 声が、少し震える。


「でも、ある日突然、本来その役に立つはずだった役者がいなくなってしまって、代わりに別の人間がその役を演じることになるんです」


 口を挟むこともなく、エレナは、わたしの“例え話”を黙って聞いている。


「代役は、台本の内容だけは知っていて……でも、動きも、間の取り方も、感情も、本来の役者とは違っていて」


 喉が、きゅっと詰まる。


「それでも、公演は始まってしまっているし、途中で止めることはできないから、劇そのものは続けなきゃいけなくて」


 わたしは、ぎゅっと指を握りしめた。


「そうすると……物語は、少しずつ本来のシナリオから、外れていくんです」


 沈黙。


「もし、エレナ様がその代役だったとしたら――」

 

 それから、わたしは恐る恐る問いかけた。


「決められた台本を、無理にでも守るべきだと思いますか? それとも……舞台が壊れない範囲で、代役なりの演技を探しますか?」


 エレナは、少しだけ考えてから、あっさりと言った。


「わたくしなら、自分なりの演技を探しますわね」

「……どうしてですか?」


 答えはすぐに返ってくる。


「それが、価値のあることだからです」

「……価値、ですか?」

「人は、同じものには、同じ価値しか見出しません。特に、それが“記号”として扱われる存在なら、なおさらですわ」


 少しだけ、声音が変わる。


「わたくしは役者ではありませんから、これは、あくまで、わたくし自身の立場に置き換えた話ですけれど」


 一拍。


「わたくしは、自分が置かれた立場に、信念と誇りを持っています」


 そして、静かに。


「王族という記号が、わたくしを説明することはあっても、記号のためにわたくしがあるのでは意味がありません。それは――大きく、違うことですわ」


 わたしは、しばらく黙り込んだ。


「……わたしには、少し難しいです」


 思ったことを、わたしは口にする。

 頭では分かる気がするのに、胸の奥が追いつかない。


「そう」


 エレナは、それ以上踏み込まない。


「……わたし、どうしたらいいんでしょうか?」

「わたくしが、決めてしまってもいいのかしら?」

「え?」

「いえ。その舞台は、貴女にとってどれほど大切なのかと気になりましたから」


 嫌味なく、ただエレナは純粋に、疑問に感じたのだろう。


「誰かの助言で決めてしまえるほどのことなら、わたくしが言うとおりにしなさいな」


 そして、そのセリフもきっと純粋にわたしの事を思ってのことだと思えた。

 

「わたくしが相談をしなさいと言った以上、責任を持ちますわ」


 でも、と続ける。


「それでいいかどうかだけは、わたくしには、判断できませんもの」


 わたしは、小さく息を吐いた。


「……やっぱり、自分で考えてみます」

「そう」


 嫌味のない、さらりとした声。


「他にも、悩んでいることは?」

「……ルナ様と、シリルに意味不明な八つ当たりをしてしまって……自己嫌悪中です」

「そう。じゃあ、後で一緒に謝ってあげますわ」

「どうしてエレナ様が……?」

「便宜を図ると言ったでしょう」

「……本音は?」

「本音ですわよ?」

「本当に……?」


 少し間を置いて、照れたようにそっぽを向く。

 

「……会って2、3日の間柄ですが、貴女はもうわたくしのかわいい後輩ですもの。できるだけ力になりたいじゃありませんか……生徒会という身内でもありますし」

「エレナさまぁ……!」

「キラキラした目でわたくしを見ないでください! なんだか恥ずかしいじゃありませんの!」

「正直、ちょっとキュンとしました」

「ふざけていないで。ほら横になって、仮眠をとりなさい! 貴女はちょっと疲れているのよ!」


 わたしは強引に肩を引かれ、抗う間もなく彼女の膝の上に頭を落とされた。


「まだ始業前ですよ?」

「寝ていないのでしょう。いいから」


 言いながら――優しく、髪を撫でられる。

 しばらくそうされて、ふとエレナが息を吐く。


「……ノネットさん」

「……はい?」


 名前を呼ばれて、かろうじて返事をする。

 声が少し遠く感じた。


「貴女、撫で心地がいいですね。毛並みのよい犬みたいですわよ」

「……褒めてますか、それ……?」


 そう言ったはずなのに、語尾に力が入らない。

 指先が髪を梳くたび、思考がふわりと散っていく。


「手遊びには丁度よいですわね」

「……おもちゃじゃ、ないです……」


 抗議のつもりだったけれど、半分は息に混じって消えた。


「どちらかというと、ペットですわね」

「……それ、もっと……ひどい……」


 くすっと、すぐ近くで小さな笑い声。


「全く。世話が焼けますわね」


 頭を撫でる手が、さっきよりもゆっくりになるのを感じた。


「……すみ、ま……せ……」


 ちゃんと言い切る前に、わたしの意識は――静かに落ちていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ