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「ノネット様!? 大丈夫ですか!?」
昨日の生徒会室での一件のあと、わたしは魂が抜けたみたいに一日を過ごした。
その反動か、夜になると今度はひとりで悶々としてしまって、まったく眠れなかった。そして迎えた朝。
鏡の中には、見事にひどい顔をした”ノネットちゃん”こと”わたし”がいた。
周囲からもそう見えたのだろう。
登校の待ち合わせ場所に着いた瞬間、アメリアが一拍遅れて目を見張った。
「おはようございます、アメリア様……」
「お、おはようございます……あの、目の下のクマがすごいですよ……?」
「あはは……こんな……推しの顔を曇らせるとか、ファン失格だよね……」
「……本当に大丈夫ですか?」
なんかよくわからないことを口走ったような気がするけど、頭がぼんやりしていて思考がまとまらない。
というか、まだ脳が昨日の出来事を処理しきれてないんだよ!
情緒がボロボロなんです! ボロボロすぎてテンションが行方不明気味なんです!
「お休みされた方がよろしいのでは?」
アメリアは少しだけ距離を詰めて、心配そうに顔を覗き込んでくる。
「いえ。ちょっと寝不足気味なだけですから」
「でも」
「それに……確かエレナ様が、放課後に集まるように言っていたような……言ってなかったような?」
「確かにおっしゃってはいましたけど、エレナ様も無理をしてまで来い、とは言わないのではないでしょうか」
「昨日参画したばかりですよ!? こんなにすぐ休んだら、エレナ様にどんな罰を言い渡されるか……! 最低でも『代わりに一発芸をやりなさい』とか要求してきますよ!」
「……ノネット様の中のエレナ様像が、少々理解しがたいのですが……」
アメリアが首を傾げた、そのタイミングで。
「やあ。今日もいい朝……わっ、エット大丈夫かい!? ひどい顔をしているよ。可愛い顔が台無しだ」
「元凶ーーーーーっ!」
聞き慣れた声と共に、軽やかな足音。
視界に入った瞬間、思わず叫んでいた。
「え、エット……?」
ルナが目を瞬かせる。
「おはようございます。ルナ様」
「アメリア嬢……?」
ルナは荒ぶるわたしに引いているのか、普通に会話の成立するアメリアに助けを求めるように視線を送る。
「どうやら寝不足気味のご様子で……。これはこれで、ノネット様らしいのですが……」
「そんなこと……いや、そうかも」
「本人の前なんですが!?」
ルナが驚くほど、あっさり納得してしまっていた。
ひどくないですかね!?
「しかし、本当にどうかしたんだい? 悩みがあるのなら、僕が聞くよ。ma princesse adorée(我が愛しの姫君)」
「そもそも、誰のせいでこうなったと思ってるんですか……!」
なに素知らぬ顔をしているんですかこの人は!
わたしのこの混乱の一因は、どう考えてもあなただよ!
頭を抱えていると、何を思ったのか、ルナは少しだけ眉根を寄せて、声を落とす。
「……もしかして、彼になにかされたのかい?」
彼。
それはシリルを指しているのだろう。
その瞬間、脳裏にとあるワンシーン(R18)が鮮明に再生される。
いやいやいやいやいやいや!
「まだなにもされてませんが!? ていうか、させませんが!?」
「まだ!?」
言った瞬間に、自分でも「言い方!」と内心でツッコミを入れた。
空気が変な方向に固まりかける。
「朝から元気だな、ノネット」
――その声。
聞き覚えがありすぎる。
というか、昨夜ずっと脳内で反芻していた声だ。
「元凶そのにーーーーーっ!」
「ゲンキョーソノ煮……? 朝食の話か?」
もう、勘弁してください。君とは待ち合わせしてないでしょ!
なんでそんな謀ったようなタイミングで合流するんですかね!?
いや、ここ寮の前だから、悪いのはこんなところで騒いでる私なんだけど。
……ふう。
――落ち着け。クールになれ、わたし。そう、KOOLになるんだ。
こういう時はマインドフルネス。状況を客観視し、受け入れるんだ。
昨日のことを、順番に思い出そう。
生徒会に入った。エレナが会長、ルナが副会長、シリルも副会長、アメリアが庶務で、わたしが書記。
ここまではいい。ここまでは、設定通りだ。
問題は、その次。
距離感がおかしい。
あれは本来、もっと後だ。
もっと時間をかけて、選択肢を積み重ねて、好感度を積み上げて、とある切っ掛けで「実は幼い頃に――」って、しっとり明かされるやつだ。
順序が……! 順序が違う……!
――ダメだ。
思考がぐるぐるして、論理が一切まとまらない。
脳内で「正しいシナリオ」と「いま起きている現実」が、ひたすら衝突して、警告音を鳴らしている。
……無理だ。
これで平常心を保てという方が無理だ。
わたしの中で、最後の理性がぷつんと音を立てて切れた。
「もーーーーーーー! 主人公なら前髪長くて目が隠れてて両親が海外出張してて料理がうまくて鈍感で肝心なセリフをいったときに難聴になって個別ルートが確定するまでは八方美人で昔の幼馴染との大切な思い出は忘れてろよばかーーーーーー! うわーーーーーん!」
「ノネット!?」
わけが分からなくなったわたしは、その場から逃走してしまったのだった。




