幕間∶わたしの独白(その1)
時間は少し遡る。
ルナ誘拐事件の、その夜。
ベッドに横になって、天井を見つめる。
体はくたくたなのに、頭だけが妙に冴えていた。
ひとりきりの部屋は静かで、
小さく吐いた息が、やけに大きく聞こえる。
当たり前みたいに夜が来て、
街は何事もなかったように眠りにつく。
……さすがに。
そろそろ目を背けるのはやめよう。
自分に言い訳するのも、限界だ。
これは――夢じゃない。
街の賑わいも、知らない人たちの生活も、ルナの手の温度も、あのときの感情も、痛みも。
全部、ちゃんと現実だった。
本来なら、どれだけ好きでも、彼女たちは“物語の中の人”であるはずなのに。
でも、確かにそこにいて、怒って、怯えて、笑っていた。
いろいろ考えは浮かぶけど、どれも所詮は想像でしかない。
この状況は何なのか。
そして――わたしは、何なのか。
ノネットだと思われている。
ノネットとして扱われている。
名前を呼ばれて、期待されて、守られた。
じゃあ、中身は?
本物のノネットちゃんはどうなったのか。
どこかにいるのか、それとも――最初から、わたしだったのか。
分からない。
考えても、答えは出ない。
だから正直、あまり考えたくない可能性からは、今まで目を逸らしてきた。
もし、わたしがノネットちゃんを“上書きした”存在だとしたら……。
――その先は、ちょっと想像したくない。
……うん。
今のわたしには、難しすぎる。
自分が何なのかとか、元の世界がどうとか、そういう大きな話は、いったん保留。
まずは――ノネットちゃんとして、できることをやる。
彼女の立場を使うなら、雑には扱わない。
もし、いつかこの立場を返すことがあるなら、そのとき彼女が困らないようにしておく。
この世界の人たちと、ちゃんと“現実の人”として向き合う。
……それくらいしか、思いつかない。
天井から目を逸らして、息を吐く。
……まあ、それでいいか。
全部分かったわけじゃないし、正しいとも思ってないけど。
逃げないって決めただけでも、今日は十分ということにしておこう。
こんな、ありえないことが起きているのだ。
誰にも相談なんてできないのだ。
少しくらい、独善的でも――今だけは許されたい。
目を閉じる。
次に目を開けたときも、わたしはきっと、ノネットとしてここにいるのだろう。




