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「ルナ様、もう少しです……がんばって」
わたしはルナに肩を貸しながら通路を進む。正面には、搬入口へ続く緩やかなスロープと巻き上げ扉。鎖が微かに震え、外気が糸のように流れ込んでいる。
その扉が、勝手に持ち上がった。月明かり。いつの間にか日もすっかり落ちていたようだ。
にわかに敵かと身構えたが、逆光の縁にエレオノールが立っているのを認め、張り詰めていた胸が一拍だけゆるむ。
「エレオノール様!」
声を上げた瞬間、彼女は指先を唇に当て、しっ、と合図をした。
護衛は二名。ひとりが影へ溶けて先行し、もうひとりが最後尾に回って、わたしたちの背をそっと押す。
――とにもかくにも、このまま抜ければバッドエンド回避も現実味を帯びるはず。
「急ぎましょう。うまくいけば労せずに、」
言葉の端を、正面からの低い声が断ち切った。
「灯を入れろ」
ぱち、ぱち、ぱち――油灯が連鎖して火を噛み、薄闇が剥がれる。輪郭が一、二、三……十は下らない。囲まれている。
「いやいや、残念でしたねぇ」
輪の前へ、ひとりが歩み出る。さきほどルナを連れていった男だ。目つきは鋭いまま、口角だけで笑う。
「派手にかき回してくれたが……所詮は子どもの浅知恵。手薄に見える出口を残しておくと、追い込まれた魚みたいに気持ちよく罠に掛かってくれる」
男が指を鳴らした。
ガラリと鎖が鳴り、巻き上げ扉が降り始めた。
再び倉庫の内部へ逃げ込むという選択肢も断たれたようだ。
「なるほど。つまり、わたくし達はあなたに誘導された、ということかしら?」
「おいおい、この状況を見てもわかんないのか? 少々頭の弱いお姫様らしい」
「まあ。わたくしの正体に気づいていたのですね。てっきり、まだ勘違いされているのかと思いましたわ」
「……ちっ、口の減らねぇ女だ。おい、全員捕らえろ!」
「ところで」
「ああ?」
「”本当の魚”はどちらだったのでしょうね?」
エレオノールが唇の片端だけで笑う。次の瞬間、笛の鋭い音が耳をつんざいた。
足音が重なり、鉄の擦過音が波のように押し寄せる。
「保安隊だ! 全員、武器を捨てろ!!」
敵が「は?」と振り返る。
たちまちのうちに槍の壁がまるで鉄の波のように押し寄せ、その場は一気に制圧されていく。
崩れた秩序の上に、別の秩序がかぶさる。そんな音がした。
「な、なんで保安官がここに!?」
「どうなってんだ! 王女の権限じゃ動かせねぇはずだろ!」
混乱の叫びが、灯火の明滅に合わせて揺れる。
……え? どうして?
わたし自身、彼らと同じ疑念を持った。
理解が追いつかず立ちすくんだそのとき、背後から聞き慣れた声が飛んだ。
「ノネット様! ルナ様!」
振り返るより早く、アメリアが息を切らして駆け寄り、勢いのまま抱きついてきた。
「アメリア様!?」
「よかった……本当に、よかった……!」
その優しい声に、胸の奥がじんと熱くなる。
「アメリア様こそ、ご無事で! で、でも……どうして保安官が……? 動かせないはずでは?」
わたしの問いに、アメリアではなくエレオノールが前に出て答えた。
「”わたくし個人の権限”では動かせません。ですが、教会の《救援派遣》の要請となれば話は別ですわ」
「救援派遣……?」
アメリアが頷く。
「救援派遣は、教会が出す秩序維持要請です。緊急の災害や、多数の命が危険にあると判断された時のみ……本来は、滅多に使ってはいけない権限なのですが……」
「”動かせない”なら、”動かざるを得ない状況”を作る……聞きしに勝る手腕でございます、エレオノール第三王女殿下」
ルナがわたしから離れ、片膝をついて礼を取る。
その肩はまだ微かに震えていて、わたしはそっと背に手を添えた。
「礼は不要です、モントルヴァル卿。ケガをしているのでしょう」
「痛み入ります」
「やむを得ない判断でした。正面からの制圧ができればよかったのですが――王道では政治的にも、人員的にも不可能。準備に要する時間も足りませんでしたので、少しズルさせていただきました」
ちらりと、エレオノールがアメリアへ視線を送る。
「聖女様の証言と、あとは”有事である”ことが明白であれば、保安官も動かざるを得ない」
「あ」
思わず声が漏れた。頭の中でさっきの爆発と火事がつながる。
つまり、あれは――!?
「な、なんというマッチポンプ!」
「あら、ノネットさん。言わぬが花というものですわよ」
「というか、こんな作戦があるならどうして最初から教えてくれなかったんですか!?」
エレオノールは一瞬だけ目を伏せ、次いで真正面からわたしを見る。
灯が揺れて、影が瞳の奥に二重に落ちた。
「……率直に言って、貴女を信用していなかったからですわ」
正面から向けられた言葉に、心臓が強く跳ねた。瞬間的に喉が乾いていくのを感じた。
色々ありすぎて忘れていたが、わたしはかなり強引に状況を推し進めてそれを彼女に疑われているんだった!
「あなたの言葉はあまりに……異質、と言うべきでしょうか。信じきるには足りず、無視するには大きすぎましたもの」
「うっ……それは」
「敵か味方か判断できない以上、必要以上の情報は渡さず、あなた自身の行動から見極める必要がありました」
「……はい」
「もし本当であれば卿の救出に繋がる。そうでなければ、いくばくかの時間稼ぎにはなる、と」
短く息を吐き、彼女はかすかに頭を垂れた。
「……故に、申し訳ございませんでした」
「殿下! おやめください!」
護衛の制止も、彼女の姿勢は崩れない。灯がひとつ、ぱち、と鳴った。
「貴女を利用し、危険な目に遭わせてしまったことは事実。わたくしの考えが間違っていたとは思いませんが、それとこれとは別問題です」
「いやいやいや、それはわたしの言動が怪しすぎたからで……エレオノール様は、悪くないというか!」
「そうね――」
彼女は顔を上げ、にこりと笑う。その笑みは優しいのに、わたしにはどこか不気味に映った。
「――それとこれとは、別問題ですわよね。貴女の”知識の出どころ”は、しっかり教えてくださいね。ノネットさん」
背筋に冷たいものが滑り、足元の影がふいに濃くなる。心の中で、わたしはそっと両手を合わせた。
さよなら、今日のバッドエンド。
こんにちは、今日のデッドエンド。




