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わたしを攻略するなんて聞いてないんですけど!?  作者: 藤乃意
一章(転生、わたしがヒロインですか!?)
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 倉庫内の保管エリアへと踏み込んだ。

 天井近くまで積み上がったラックが視界を遮り、木箱や反物が迷路のように立ち並んでいる。

 残念ながら全体を一望することはできなかった。


 エレオノールたちが時間を稼いでくれているとはいえ、ここで悠長にはしていられない。

 見張りが全員出払っている保証もなければ、戻ってくるタイミングも読めないのだ。


 とにかく、早々にルナの居場所を見つけなければ。頼りになるのは、やはりゲームの情報だ。


 だが、やり込んでいるとはいえ、細部の描写まで完全に覚えているわけじゃない。

 『青空』には次の選択肢までスキップする機能があったから、変化の少ない冒頭は飛ばしてしまうことも多かった。


 それでも思い出せ、わたし。

 ノネットがどこに捕まっていたのかを。


「……確か、ベッドに寝かされていたはずだ」


 そうだ。文章では淡く触れられているだけだったが、一枚絵では手足を縛られ、ベッドに横たえられていた。

 ならばどこかの部屋だ。さっきの事務所ではないなら――休憩室!


 ぐるりと周囲を見渡す。


「あそこだ!」


 視線を上へ滑らせる。倉庫の上部、中二階になっている区画。

 簡易構造の壁で仕切られた、小さな部屋が見える。


 小部屋へと続く階段に向かって駆け出す。足がもつれ、膝を打った。

 痛い。けど、そんなもの気にしていられない。

 手すりを掴み、一段飛ばして段差を駆け上がる。


 一秒。いや、一瞬でも早く。


 扉の取っ手を掴むが、動かない。鍵が掛かっている。

 先ほど手に入れた鍵束を取り出す。


 5つある鍵を1つずつ――。

 1つ目、刺さらない。

 2つ目、回らない。

 3つ目――開いた!


「ルナ!」


 開け放した扉、その正面。彼女はそこにいた。

 それを認めた瞬間、視界がにじむ。

 そこにいる。無事に、ルナがいる。


「よかった……」


 安堵に、へたり込みそうになるのをぐっと堪えて彼女へと駆け寄る。

 薄い毛布のかかった簡易ベッドに、ルナが横たえられていた。両手は頭上でベッドの柵に、両足は脚部に、それぞれ荒縄で固く縛められている。

 口は塞がれていないが、動けば軋む音が響くよう仕組まれているのか、ベッドの骨組みがいやらしく鳴った。


「……エット? ……どうして君が……」


 憔悴した様子ではあったが、幸いにして外傷などは見当たらない。


「すぐ解きます」


 縄の末端は慌てた結び。ループの向きだけは厄介だ。素肌に触れる箇所は短剣を使わず、ほどく。

 手首側の結びを指先でほぐし、輪に指を引っ掛けて一気に引く。三呼吸で両手、二呼吸で足首。最後に膝元の補助縄だけは短剣で切り落とす。


 相当きつく縛られていたのだろう、手首には縄の跡が残っていた。

 無意識にその手を取り、自分の額に押し当てた。

 感情は渦を巻くのに、言葉だけが出てこない。喉の奥で熱い息だけが震えた。


「……ごめん」


 ようやく漏れたのは、そんなちっぽけな謝罪だけだった。


 自由になった瞬間、ルナが上体を起こし、わたしの手をそっと握り返す。

 驚くほどやさしい力だった。


「どうして君が謝るんだい?」

「わたしのせいで、こうなったんです! だから、」


 言い終えるより早く、笛の鋭い合図が倉庫の空気を裂いた。


「見つかってしまったようだね」

「走れますか? ルナ様」

「もちろん」


 二人で小部屋を飛び出したところで、ちょうど男たちが倉庫の入り口からなだれ込んでくるのが見えた。


「行くよ!」


 階段へ駆け込む。が、下からも足音。2人。外に出るにはこの階段を降りるしかない。

 選択肢はない。突破するしか……。


「観念しろ!」


 男が吠え、刃を突き出す。

 対峙するようにわたしも短剣を構えるが、自分でも震えているのが丸わかりだった。


「ほら、受け取れ!」


 ルナは素早くわたしから短剣を取り上げると、男に短剣を軽く投げ渡した。


「お、お?」


 男は間の抜けた声をあげると、素直に放り投げられた短剣を受け止めようと手を前に伸ばす。

 瞬間、弾かれたようにルナが動く。わたしの前に飛び出すと、男の腹に目掛けて華麗な足刀蹴りを叩き込んだ。


「ぐえっ」


 カエルがつぶれた時のような声をあげて男が白目を剥く。

 そのまま吹っ飛んで、後ろにいたもうひとりの男ごと階段から転げ落ちた。


「こういう緊迫した状況でも、物を投げ渡されると意外と無意識で受け取ってしまうものさ」

 

 圧倒されていると、ルナは事もなげに言ってわたしの手を引いた。

 階段を駆け下り、人影の薄い通路を選んで走る。自然と、さっき潜って来た事務所。隠し通路のある方角へ。


 よし。最悪でも、あそこから逃げ切れる――


「エット!」


 名を呼ぶ声と同時に、ルナの腕がわたしの肩を抱き寄せた。

 次の瞬間、空気が裂ける。ヒュン、と鋭い風切り音。さっきまでわたしの頭があった位置をボルトがかすめ、背後の板壁にドスと突き刺さる。

 木屑が霰のように降り、床にぱらぱらと跳ねた。


「っ……!」


 ルナはわたしを庇うように倒れ込んだ。

 そのまま無理な体勢で転がったせいで、彼女の脇腹が床の角に強く当たったらしい。浅い息が、熱く震えていた。


「ルナ様!? 大丈夫ですか!?」

「だ、いじょう、ぶ」


 無理やり笑顔を見せていたが、明らかに大丈夫な様子ではない。少なくともすぐには動けなさそうだった。

 

「見つけたぞ」

 

 通路の影から、クロスボウと剣を構えた男たちが現れる。


「嬢ちゃん、そこで大人しくしてな」

 

 喉の奥がひゅっと縮む。それでも、わたしは立った。

 ルナを背に隠し、両腕を広げる。


「来るな!」


 にやつく男。クロスボウが持ち上がる。

 胸のどこかで、何かが切れた。


「ふざけるな……!」


 声が勝手に、燃え上がる。

 

「わたしの大事な人を……大好きな人を! わたしのヒロインを、傷つけんなあああああああっ!!」


 自分の声が倉庫に跳ね返り、一瞬だけ誰も動かなかった。

 背中で、ルナが小さく息を呑む気配がした。


「勇ましいな、嬢ちゃん。まあ大人しくしな、ケガしたくないだろ?」


 男たちが失笑し、唇を歪めた。


「でなきゃ、」


 ガコン。

 金具の外れる音。続けて、壁際の資材棚が“勝手に”こちらへ傾いた。

 鎖が跳ね、木箱が雪崩のように崩れ落ちる。


「うわっ!?」

「押さえろ、押さえ――ぐっ!」


 埃が大量に舞い上がり、世界が薄暗くかすむ。

 

「こっちだ!」


 視界が黒く煙り、その裂け目に煤けた外套の影が立つ。

 掴めと言わんばかりに手が伸びた。


「はやく!」


 何者かはわからないが、少なくとも敵ではない。今は藁にでもすがりたい。

 わたしはルナを支え、差し出された手を掴む。

 外套の人物は無駄のない身振りで先導し、崩れた木箱の隙間を足先で寄せながら、脇通路へ滑り込んでいく。


「息は? 歩けるか?」

「……ああ」


 若い男の問いに、ルナが短く応じた。

 いつの間にか、彼女の指がわたしの袖をつまんでいる。

 

「あなたは……?」

「いいから行け、まっすぐ進めば仲間と合流できるはずだ! ここは俺がなんとかする!」

「う、うん……あの、ありがとう!」


 気になることは山ほどあるが、気迫に押されるように足が動く。

 走り出す直前、袖口をつまむ指に、わずかな力がこもった。

 

「……エット」


 言葉にならないものが、そこにある。

 わかる。彼女だって、不安なのだ。


「大丈夫、今はわたしがルナ様の騎士だから!」

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