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第5章『デス・フルフィラー』

時計の針がちょうど零時を指すと同時に、画面が紫と緑の不気味な光で輝いた。

スタジオには誰もいないはずなのに、背筋が凍るような笑い声が響く。


「さあ、皆さん、お目覚めですか? 今夜も、あなたの眠れぬ夜をもっと眠れなくする――ヴェルデのショッピングタイムだ!」


カメラがぐるりと回り、巨大な笑顔と奇抜な燕尾服を着た男――ヴェルデが登場する。

彼の瞳は真っ黒で、しかし底抜けに陽気だ。


「今夜のお品はね……史上最凶にイカれた商品、特別にご用意しました!」


テーブルの上には、黒光りする箱が置かれている。箱の側面には、血のように赤い文字でこう書かれていた。


『あなたの最も暗い欲望、形にします』


ヴェルデは指をパチンと鳴らした。

箱の蓋がゆっくり開き、中から小さな人形が現れる。

無表情なその人形は、見る者の心を読むかのように、ぎこちなく微笑む。


「これね『デス・フルフィラー』

あなたの願いを叶える……いや、あなたの夢を具現化する代物さ。」


画面越しに視聴者の心がざわつく。

「例えば、『上司に一発お仕置きしてやりたい』って思ったら、この子に呟くだけで――」


ヴェルデはにやりと笑い、箱の人形をぎゅっと握る。

画面の向こうで、どこかのオフィスが突然騒然とする。

上司がコピー機に頭を突っ込み、同僚は冷凍庫に閉じ込められる。


「ほらね、手間いらずでしょう!」


彼の笑い声は、陽気でありながらどこか冷酷で、視聴者の胸をざくざく刺すようだった。


「もちろん、使いすぎにはご注意を。人間関係や職場、家族の崩壊に至るまで――全てがあなたの責任になりますからねェ。でも、それこそが人生のスパイスってなもんです。」


カメラがヴェルデの顔をアップにする。


「今夜限定、送料・手数料は……あなたの良心となります。クレジットカードは受け付けません。だって、最も高価なものが良心なのですからねェ!」


画面の下にテロップが流れる。


『購入希望の方は…自室の鏡に向かって「買う」と三度呟け』


ヴェルデは両手を広げ、さらに狂気の笑みを深める。


「さあ、皆さん、迷わず手を伸ばして。欲望の先にあるのは、快楽か、破滅か、私も知らない。だが一つだけ保証しよう――あなたの夜は、もう二度と元には戻らない事になるでしょう!」


その瞬間、画面の人形がまばたきした。

ヴェルデの笑いは、深夜0時の街の闇に吸い込まれるように消え、静寂だけが残った――

視聴者の心臓の奥底まで、じわりと狂気が浸透したまま。


「デス・フルフィラー、出荷開始」


翌日――

いや、視聴者にとってはまだ深夜の世界――

最初の「購入者」が指示通り鏡の前で三度つぶやいた。


「買う……買う……買う……」


すると、人形はかすかに笑い、購入者の影が揺らいだ。


「おっと、始まりましたねェ!」


ヴェルデの声が頭の中に響く。画面はない、だが声だけが耳元で囁く。


「今夜はあなたの最も『叶えたい願望』を存分に形にしますよ、ちょっと残酷にね。」


購入者は、普段は無害な会社員。しかし今夜、オフィスでの小さなストレスが、無数の小悪魔となって現れる。

コピー機は突然、書類を吐き出しながら上司の机を押し潰し、パソコンは勝手に会議資料を全消去。

同僚はコーヒーカップで滑り、廊下を転げ回る。


「誰も死んではいません。ただ、もう二度と平穏なオフィスには戻れません。『小さな願望』が、トラブルの大洪水になっただけですからね。」

ヴェルデはスクリーン越しではなく、まるで耳元でささやくように笑う。


次の購入者――深夜に一人でネットサーフィンしていた若い女性――も鏡の前で呟く。

「買う……買う……買う……」


すると、彼女の部屋の観葉植物がひそかに動き出し、家具の影から奇妙な声が聞こえる。


「あなた、誰?」

「ちょっとした影です、こんにちは」


小さな恐怖が積み重なり、女性の心はひりひりと痺れる。


「これぞデス・フルフィラーの醍醐味――小さな狂気を、静かに忍び込ませる。コーヒーを一滴ずつ注ぐようにねェ」


ヴェルデは画面に戻る。


「さあ、皆さん。ここまで聞いて、まだ手を出さないつもりですか? それは無理もない。ですが、覚えておいてください――

この商品は、あなたの『我慢』や『理性』を試すためにあるんじゃない。破滅を楽しめるかどうかを、試しているんです!」


カメラがヴェルデの瞳にズームする。

そこには、陽気さと冷酷さが同居している――

人を笑わせ、同時に心を凍らせるその瞳。


「今夜、あなたの願望がどんな姿に変わるか、私は楽しみにしています。まあ、視聴者全員がちょっぴり後悔するだろうけどねェ」


画面が暗転し、最後に赤いテロップが浮かぶ。


『デス・フルフィラー――欲望を現実に、理性を破壊して。ご注文はお早めに』


その瞬間、どこかで人形がカタッと音を立て、まるで笑ったかのように首をかしげる。

ヴェルデの笑い声だけが、深夜0時の街の闇に残った。

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