第4章『人生再起動装置』
暗闇の中、画面に唐突に現れるネオンの文字。
「狂気ショッピングチャンネル 真夜中の特別編」
カメラがズームアウトすると、豪華絢爛――いや、豪華で陰惨なセットが映る。暗紫色のカーテン、血の色に近い赤いライト、そして中央には笑顔が不自然に光る男が座っていた。
「さあ、みなさん……ようこそ。深夜0時の誘惑、ヴェルデです!」
声は陽気、笑顔は愛想がよく、でもどこか刃物のように冷たい。手元には黒い箱。箱の角には、血のように赤いリボンがかかっている。
「今夜、ご紹介するのは――こちらの商品です。」
ヴェルデは箱をかざし、ゆっくりと息を吸った。
「『人生再起動装置』」
画面下に注意書きが流れる。
使用上の注意:使用者の精神安定は保証されません。自己責任でご使用ください。
「この装置を使えば、あなたの人生、0時を境に完全リセット!
失敗も、借金も、恋人の裏切りも……すべてが消えます。
……でもねェ、代償は大きい。消えたものは二度と戻らないんです。」
ヴェルデの瞳がカメラを貫く。
「そう、あなたの記憶も、友人も、ペットも、全て――」
声を落として囁く。
「――誰もいなくなるかもしれない。」
ここでヴェルデは突然、笑いを爆発させる。
「怖いですかァァ? でも怖がるほど価値があるんですよ、人生とはねェ!」
画面に電話番号が表示され、赤い点滅が走る。
「今なら特別、ブラックジョークサービス付き!
再起動の瞬間、あなたの最大の秘密が、ランダムでSNSに投稿されるんです。ええ、どんな秘密かは、あなたもわからない!」
ヴェルデは箱をゆっくり開く。
中から、薄ら笑いを浮かべた小さな人形が取り出される。
「この人形が、あなたの人生のリセットボタン。押すも押さぬも、あなた次第……」
一瞬の静寂。
「さあ、勇気のある方はお電話してみてください。人生を変える瞬間は……今です!」
画面の端に、視聴者の狂ったコメントが次々と流れる。
「俺、押すぞwww」
「え、マジで死ぬの?w」
「まず電話が繋がらねぇぇ!」
ヴェルデは椅子に深くもたれ、ニヤリと笑う。
「人生は狂気と紙一重。でも、ここにあるのは……純粋な狂気。さあ、みんなで新たな0時を迎えましょう。ハッピー・ニュー・リセット、ハッピー・ニュー・絶望!」
画面はフェードアウトし、ネオンの文字だけが残る。
「あなたの人生は、今、再起動します――」
Episode1:サラリーマン・タカシ(34歳)
タカシは深夜に一人、薄暗いアパートで人形を握りしめていた。
「……ええい、もういいや。押すんだ!」
ボタンを押すと、世界が暗転し、目の前に白い光。
気づくとタカシは――見知らぬ自宅のリビングにいた。
「あれ? 俺……まだ会社行く必要あるのか?」
スマホを見ると、すべてのメール、借金、連絡先が消えていた。
喜ぶタカシ。
だが、ポケットの中に見覚えのある指輪が……誰のものか思い出せない。
鏡に映る自分の姿を見ると、なぜかそこには、知らない中年男性の笑顔。
「……俺、誰だったっけ?」
タカシは絶望と喜びの狭間で、ただ一人、ニヤリと笑うしかなかった。
Episode2:主婦・ミカ(42歳)
ミカは夫との離婚問題に悩んでいた。
「これで全部リセットできるなら……」
人形のボタンを押すと、瞬間に全てが消えた。
翌朝、目覚めると夫も子どもも、家も存在しない。
スーパーで買ったパンの袋を開けると、中から小さな紙片。
「あなたはもう存在していない。」
紙には、ヴェルデの笑顔が印刷されていた。
ミカは笑った。笑いながらも泣いた。
「やっぱり……あいつ…イカれてる…!」
Episode3:大学生・リョウ(21歳)
リョウは「人生をやり直したい」と、安易な好奇心だけで押した。
すると、SNSに自分の秘密が次々と投稿される。
「リョウは親に小遣いをせびるとき、泣き真似をしてせびていた」
「リョウは図書館でこっそり漫画を燃やしたことがある」
バレてはいけない秘密までSNSで次々と暴露され、リョウのアカウントは大炎上。
友人は離れていき、ネットではミーム化。
だがリョウ本人は、画面の前で狂った笑いを上げる。
「や、やっぱ……面白ぇな、人生って!」
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カメラが再びヴェルデに戻る。
「見ましたか? 皆さん、これがこの商品の真髄です!」
彼の目は冷たく、陽気に輝いている。
「誰も幸せにはなれない。でも、誰も気づかないうちに面白くなる…これぞ芸術、これぞ人生のブラックジョークなのですよ!」
背景で、商品ボックスがくすくす笑うかのように揺れている。
「まだ押していないあなた…覚悟はできていますよね…?」
画面の右下、赤い文字で点滅する。
「人生再起動装置...残り3個!」
【END】




