第3章『あなたの良心、いりませんか?』
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画面のノイズが走る。
安物の液晶テレビの向こう、世界はまだ眠りについていない。
夜の街は無音のようで、しかし無数の心臓が小さく悲鳴を上げている。
その声を、彼は嗅ぎ取る。
「こんばんは、夜更かしの皆さま。
そして、眠れない理由をまだごまかしているそこのあなた。今夜も“ヴェルデの真夜中セール”にようこそ♡」
司会者・ヴェルデ。
黒いスーツに緑の薔薇のブローチ。笑顔の形が人間的ではない。
カメラの前で、ゆっくりと頬をつり上げる。
「さて今夜の目玉商品はコチラァ!
“罪の軽量化マシン”ッッ!!」
助手の女性が銀色の箱を差し出す。
冷蔵庫ほどのサイズで、上部にスロットとメーターがついている。
「このマシン、なんと——“あなたの罪悪感”を削減できます!
残業で部下を潰した罪悪感? ポイッ。
浮気? スキャンダル? 過去のいじめ? 全部まとめて軽くしちゃおう!」
観客の笑い声(効果音)が流れる。
だが、少し遅れて流れる。
まるで人が笑うタイミングを忘れたように。
ヴェルデがゆっくりとカメラに近づく。
「はい、そこのあなた。
テレビの前で“私はそんな商品いらない”って言ってるんじゃないですか?
でもねェ…本当はいらないんじゃなくて“バレたくない”だけなんですよ。」
画面のこちら側にいる視聴者は、息を呑む。
まるで見透かされたようだ。
「ああ、あなたの目。
その乾いたまつ毛が震える瞬間がたまらないねェェ…」
助手が笑う。
だが、その目には涙が滲んでいる。
“台本通り”の笑いではない。
ヴェルデが商品のデモを始める。
「それでは、モニターのお客様!
どうぞこちらへ!」
登場したのは、先日ニュースで話題になった“過労死事件”の企業の人事部長。
彼は笑顔を作りながらも、額に汗を浮かべている。
「罪悪感、どのくらい感じてるゥ?」
「え、ええと……反省はしていますが……」
「ではその反省の重さ、測ってみましょうか!」
マシンのスロットに人事部長の手が入れられる。
メーターが急上昇、赤い針が振り切れる。
「おぉっとぉ! 社会的責任500トン!
重すぎィ~!」
観客の効果音。爆笑。拍手。
だがヴェルデの笑顔だけは、音を立てずに伸びていく。
指先で、マシンのスイッチを押す。
“ギュゥゥゥウウン——”
人事部長の顔色が青白く変わり、
体が軽くなったように笑い出す。
「ハハ……ああ……何も感じない……!
罪悪感が……スッと消えた……!」
ヴェルデが囁く。
「それはよかったね。でも、それってさ。“人間やめた”ってことですよ?」
部長の目が空洞になる。
カメラがズームする。
中には、黒い液体が波打っている。
「さて早速のお値段ですがァ……通常198万円のところ、今夜だけッ! あなたの良心ひとつでOK!」
電話番号が画面に表示される。
「0120-XXX-666」
「お電話の際は、“良心を差し上げます”とお伝えください。折り返し、我々があなたの家まで“直接”伺います。」
助手の笑顔が引きつる。
画面の端で、観客がひとりずつ倒れていく。
それでもヴェルデは進行を止めない。
「あぁ、今日もたくさんのご注文ありがとう。
でも、残念ながら……商品はあなた自身です。」
画面がブツッと切れる。
視聴者のスマホが鳴る。
非通知。
表示されたメッセージ:
【ヴェルデの真夜中セール】
ご注文、ありがとうございました。
お支払いは“魂”でお願いします。
部屋のテレビが、もう一度点く。
ヴェルデがこちらを見て、ウィンクする。
「またお会いしましょう。
次回は、“愛の返品ポリシー”を特集します。」
【END...】




