第2章︰『幸福の形』
――「ようこそ、午前0時のマッドマーケットへ。本日の特別ゲストは、あなたの理性です。……ああ、もう逃げた? まあ、いつものことですね」
深夜0時。
テレビ画面には、黒のタキシードスーツを着た司会者――ヴェルデが立っていた。
笑顔は完璧に貼りついている。人間味がどこにもないのに、視聴者の心臓だけを鷲掴みにする。
「さあ、皆さん! 本日ご紹介する商品はコチラッ!」
スタッフの悲鳴にも似たスイッチング音。カメラがズームインする。
テーブルの上に並ぶのは――何の変哲もない透明な瓶。
中には“白い霧”のようなものが揺らいでいた。
「名前は『HAPPI-001(ハッピーゼロゼロワン)』。
――あなたの“幸福”を、他人から抽出して瓶詰めにしたものです」
観客(いるのかどうかも怪しい)の拍手音が鳴る。
どこかでスクリプトを読む声がする。
「これは冗談ですよね?」と誰かが呟く。
ヴェルデは唇の端を吊り上げ、答えた。
「もちろん冗談ですとも。
……“あなた以外の人間にとっては”ね。」
ヴェルデは瓶を持ち上げる。中の白い霧がぼんやりと人の顔の形をとった。
泣いているようにも、笑っているようにも見える。
「この瓶ひとつで、あなたは七日間、何をしても幸福を感じられます。
愛されていなくても、満たされていなくても、心が空っぽでも。
ねえ、素晴らしいじゃありませんか? 真実を知らなくても幸せになれる。
現代人がいちばん欲しがるタイプの“愛情”ですよ。」
モニターの隅に、白い文字が浮かぶ。
【残り在庫:6本】
【※供給元:ボランティア提供者(失踪済)】
視聴者のコメント欄がざわめく。
「倫理的にやばい」
「これ合法なの?」
「でも、ちょっと欲しいかも」
ヴェルデはカメラ目線で笑った。
「いい反応ですね。欲望は正直だ。正直さこそ、最も残酷な幸福の形なのですよ♡」
一週間後。番組には“使用者の声”が届く。
ある女は言った。
「幸せでした。何も怖くなかった。でも、気づいたら、周りの人がみんな私を避けてて……」
別の男は泣きながら言った。
「瓶が空になった瞬間、世界の色が全部消えた。どうしても、もう一度……あの幸福が欲しい。」
ヴェルデはモニターを見つめ、指で軽く叩いた。
「副作用の部分はラベルの端に書きましたよ。“幸福が抜けた後、現実があなたを食べに来ます”って。小さい文字だけどねぇ。
読まなかったあなたが悪い。」
「さあ、本日は特別放送です!」
ヴェルデが朗らかに笑う。背後の照明が血のように赤く染まる。
「新商品、その名も――“HAPPI-002:幸福製造機”!」
スタッフの一人がテーブルに運び込む。
それは金属の箱で、人ひとりがぎりぎり入れる大きさ。
中では微かに“鼓動”の音がする。
「このマシンに入ると、あなたは一生、幸福な夢を見続けます。現実のあなたは二度と戻ってこない。でもね――夢の中のあなたは、永遠に笑っている。」
ヴェルデはマイクを取り、カメラの奥へと語りかけた。
「買うか、壊すか。選ぶのはあなたの“幸福”の値段です。」
画面がフェードアウトする。
ノイズが走り、最後に一瞬だけ映った。
――ヴェルデの瞳の奥、誰かが助けを求めるように手を伸ばしていた。




