第1章『ヴォイドマシーン』
時計の針が0時を指すと同時に、画面がざらつき、チャンネル越しの世界がわずかに歪んだ。
「皆さん、こんばんは。今日もご覧いただきありがとうございます。深夜0時の通販番組――いや、正確には“あなたの理性を破壊する時間”へようこそ。」
カメラの前に現れたのは、笑みを浮かべた男。鋭い瞳がスクリーンを突き刺す。漆黒のスーツに身を包み、指には無数の奇怪な指輪。彼の名はヴェルデ。サイコパスな笑みを浮かべながら、見る者の背筋に寒気を走らせる。
「今夜ご紹介する商品は――あなたの想像を超えた代物。いや、想像を“殺す”と言った方が正しいかもしれませんね。」
画面に映し出されたのは、奇怪な箱。黒光りする表面には血のように赤い文字でこう書かれていた。
『願望具現器・ヴォイドマシーン』
ヴェルデはゆっくりと箱に手をかけ、ささやくように話す。
「これ、ただの箱ではありません。あなたの心の奥底に潜む“後悔”や“怒り”、あるいは“狂気”すら――形にしてくれるのです。使い方?簡単です。箱に願いをささやくだけ。」
彼の笑みは画面越しに悪魔のように広がる。
「ただし、ね、ちょっとだけ注意が必要です。」
ヴェルデは声のトーンを落とし、囁く。
「願い通りには、絶対になりません。あくまで“ヴォイドマシーン流のアレンジ”が加わります。」
画面に、使った人間の例が映し出される。
1.「宝くじで一億円当たりたい」と願った男――翌日、家の屋根が突然崩落。見事に“一億円相当の損害”を手に入れた。
2.「理想の恋人と結ばれたい」と願った女性――翌日、冷蔵庫から理想の“人形”が出現。目は妙に生きている。
3.「仕事で成功したい」と願った男――翌日、会社は全焼。社長は行方不明。もちろん、彼だけが生き残った。
ヴェルデは笑いを堪えながら、観客に語りかける。
「さあ、皆さん。この箱、ただの玩具ではありません。あなたの人生をちょっとだけ狂わせる魔法の箱です。そして今なら、深夜0時限定――送料はあなたの理性、手数料はあなたの良心で結構。」
画面にスピード感あふれるテロップが流れる。
『今すぐ電話!願望はあなたの手で破壊される!』
ヴェルデは小さな拍手をして、深夜特有の不気味な笑い声を響かせる。
「もちろん、返品は受け付けません。だって、返品するほどあなたは正気じゃないでしょう?さあ、願いをささやき、現実の“イカれた形”を手に入れましょう。」
画面の向こうで、誰かが小さく笑った――いや、泣いたのかもしれない。ヴェルデはそれを見て、目を細めた。
「さあ、誰が最初に狂うかな――?」
その瞬間、画面が真っ黒になり、深夜の静寂だけが残った。
Episode 1:宝くじ男・田代
田代は自称「凡人」。
平凡な仕事、平凡な家庭、平凡な人生――その凡庸さに、彼は殺意すら覚えていた。
ある夜、テレビのチャンネルを回していると、あの声が聞こえた。
「あなたの退屈、壊してみませんか?」
彼は無意識に電話をかけ、商品番号「V-001」を注文した。
「宝くじで一億円が当たりますように」と箱に囁いたのは、届いたその夜のこと。
翌日、彼は本当に“当たった”。
正確には――天井や屋根の瓦が、彼の全身に一億円相当の医療費を生むほど落ちてきたのだ。
奇跡的に命を取り留めた彼は、病室で笑った。
「あはは……冗談みたいだな」
その笑いが止まらなくなった頃、隣のベッドにヴェルデからのメッセージカードが届く。
「お客様満足度:100%。
次は“寿命延長キャンペーン”などいかがですか?」
Episode 2:理想の恋人を求めた女・美香
美香は孤独だった。
恋人に裏切られ、信じるものがなくなった夜、ヴェルデの声がテレビから流れ込んだ。
「愛を“設計”してみませんか?
そう…あなた好みに。」
ヴォイドマシーンにささやいたのは、
「私の理想の恋人が現れますように」だった。
翌朝、冷蔵庫の中で“何か”が動いた。
血色の良い肌、完璧な顔、優しい声。
ただし、彼は一言も喋らない。
冷蔵庫の中から出ることもない。
彼女が冷蔵庫を開けるたび、“理想の恋人”は微笑んだ。
笑顔が日に日に腐っていくのを見ながら、美香はこう呟いた。
「…私……冷たい人が好きなの。」
ある日、ニュースが流れた。
ゴミ処理施設の冷蔵庫から“人形のような死体”が見つかったという。
その冷蔵庫のメーカー名はなぜか――「VERDE」と刻印されていた。
Episode 3:出世願望男・樋口
樋口は会社で万年課長。
“上司の椅子”に座るためなら、悪魔にでも魂を売る男――そう思っていた。
「あなたの欲望、形にしますよ♡」
テレビ越しのヴェルデが笑う。
彼は即座に注文し、「仕事で成功したい」と願った。
翌朝、会社は火事になった。
社長は行方不明、同僚は全員逃げ遅れ。
唯一生き残ったのは、彼――新社長、樋口。
炎の中で昇進を果たした彼は、焼け焦げた社章を胸に笑った。
だがその夜、鏡の中にヴェルデが現れた。
「ご出世おめでとうございます。
次は“社会的破滅”をオプションで付けますか?」
翌日、樋口は警察に連行された。
罪状は――放火、殺人、そして“契約違反”。
Episode 4:まとめ買い主婦・佐伯
「どうせなら、家族全員分お願いしようと思って」
佐伯は笑顔でヴォイドマシーンを“5台”注文した。
願いはそれぞれこうだ。
夫:出世しますように。
息子:勉強ができるように。
娘:可愛くなりますように。
祖母:健康で長生きしますように。
そして彼女自身は――
「家族みんなが笑顔で幸せになりますように」。
翌週、ニュースで報じられた。
――ある一家、全員が姿を消す。
ただ、リビングの中央には黒い箱が5つ並び、
それぞれの蓋に「笑顔の跡」が残っていたという。
深夜、テレビが勝手に点いた。
ヴェルデの声が響く。
「家族割、適用完了。
まとめて“永遠”にお届けしました♡」
Episode 5:番組の裏側
スタッフルームには電話が鳴り続けていた。
返品希望、返金希望、祈りのような叫び声。
だが、電話口に出るオペレーターは、誰もいない。
電話の自動応答が淡々と繰り返す。
「お電話ありがとうございます。
深夜通販チャンネルのマッドマーケットでございます。
本日は“ヴォイドマシーン・第2弾”予約受付開始日です。」
通話の向こう、ヴェルデの声がささやく。
その声は、もはやテレビの中ではなかった。
「さあ――あなたの願いを、どう壊しましょうか?」
(END)




