序章『深夜0時のマッドマーケット』
「皆さーん!こんばんは!あなたの夜を華麗に滅茶苦茶にする、史上最狂の通販番組『マッドマーケット』へようこそ!」
画面の向こうでは、黒のタキシードに身を包んだ司会者が、まるで全人類を掌握するかのような微笑みを浮かべていた。
「私は司会のヴェルデ…ですが、もう名前なんてどうでもいいでしょう。重要なのは、この商品です!」
カメラがズームインすると、机の上に置かれた謎の箱が映る。箱の表面には赤い文字でこう書かれていた。
『人間関係リセットボタン』
ヴェルデはゆっくりと箱を開ける。
「さあ、皆さん、想像してみてください。あなたの人生に存在するウザいヤツら…元カレ、上司、親戚の長男、SNSで絡んでくるやつ…全部消せるんですよ!」
スタジオのBGMが不気味に高鳴る。
「ボタンを押すと…ポン! 彼らは“なかったこと”になります。存在すらなかったことになるんです!ただし、注意点がひとつ。押すタイミングを誤ると…ええ、押したあなたも巻き込まれます。」
画面の切り替えで、視聴者からの電話が映る。
「はい、こちらマッドマーケット!どうぞ!」
女性の声「これ、本当に安全なんですか?」
ヴェルデはニヤリと笑う。
「安全…?安全とは何でしょう?安全とは退屈で平凡な人生ですよ。私は皆さんに“スリルと死の味”をお届けするのです。」
電話の向こうの女性が震える。
「でも…家族が…」
「家族も消せます。親も子も、ペットも。思い出も全部、ポンです!」
カメラがヴェルデの指先を映す。
黒光りする爪の先に、赤く光るボタンが吸い込まれるように置かれていた。
「さあ、今夜の特別企画です!番組開始から1時間以内にご注文いただいた方には、もう一つ特典が!」
ヴェルデの声が甘く、サディスティックに響く。
「人間関係リセットボタン・限定ブラックバージョン。押すと…周囲の人間だけでなく、自分の“罪悪感”も完全にリセットされます。つまり、あなたは完全無欠のサイコパスになれるのです!」
スタジオの観客が拍手…いや、悲鳴にも似た歓声をあげる。
「さあ、皆さん、迷っている暇はありません!あなたの平凡でつまらない人生を、今すぐ“無かったこと”にしましょう!ボタン一つで、世界を掌握する快感を、あなたに…!」
カメラが画面いっぱいに寄ると、ヴェルデの目が光る。
「押しますか?それとも…生き残りますか?」
画面は暗転し、商品の注文番号と不気味なBGMだけが残る。
『深夜0時の狂気通販:ボタンを押したら』
「ご注文ありがとうございます♡」
箱のボタンを押したのは、深夜の孤独に耐えかねたOLの沙織、鬱屈した中年男性のタカシ、そしてネットで煽られすぎた高校生ユウ。
最初に変化が訪れたのは沙織だった。朝目覚めると、職場の同僚、上司、あのウザい後輩…存在が完全に消えていた。
「…え?」
沙織はスマホを見た。
LINEの履歴もメールも、すべて空白。写真もアルバムも、なかったことになっている。
「やった…?」と一瞬喜ぶ沙織。
しかし、次の瞬間、家族の写真も、幼馴染との思い出も、大学の友人も…すべて消えていた。
スマホに残るのは、ただひとつ――自分の名前だけ。
そのときテレビの画面に、ヴェルデが現れた。
「おはよう、沙織さん。元気ですか?ええ、私が言った通り、世界はあなたのためにリセットされました。孤独?いいえ、それは自由です。」
沙織の目に涙が溢れる。
「こんなの…嬉しくない…」
「嬉しくない?」
ヴェルデの笑みが鋭くなる。
「安心してください。あなたの“後悔”もリセットされますからね。ああ、残るのは…あなたの“快感だけ”です。」
タカシは違った。仕事の同僚も、妻も、家族も、全員消えた瞬間、狂気が芽生えた。
「俺の…俺の人生が…!」
しかし、ヴェルデの声が頭に響く。
「悲しみ?怒り?そんなものは無意味です。さあ、次はボタンの“ブラックバージョン”を体験してみませんか?」
タカシは、無意識のうちに手を伸ばす。
押した瞬間、罪悪感も恐怖も、すべて消えた。
もうタカシに残ったのは、笑顔だけ。
笑顔…というより、完全なサイコパスの笑いだった。
ユウはSNSで「リセットボタン最高!」と投稿した。
だが、彼が送信したはずのメッセージも、存在も、誰の目にも届かない。
ネット上に痕跡は一切なく、まるでユウ自身も、この世界に存在しないかのようだった。
その夜、ヴェルデはカメラの前で満足そうに微笑む。
「押す者には快感を、押さぬ者には苛立ちを。これが、深夜0時のマッドマーケットの掟です。皆さん、今日も世界は…私の手のひらの上。」
スタジオの背景に、無数の注文番号と“消えた世界の住人たちの名前”が赤く浮かび上がる。
「次はあなたの番ですよ。誰を消したいですか?誰の存在を…リセットしますか?」
画面がブラックアウトすると、深夜の静寂だけが残った。
しかし視聴者のどこかで、赤く光るボタンが今も震えている。




